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医療・介護 大転換

「脱病院、在宅重視」から大きく後退か
生き返った介護療養病床がはらむ将来へのツケ

浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)]
【第19回】 2014年12月10日
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 これまで多くの分野にわたって我が国の介護・医療改革を点検してきたが、その後、厚労省が新たな施策を打ち出してきている。これからは、そんな最新の動きを引き続きフォローしていきたい。

 来年4月から始まる第6期介護保険制度の改革を集中論議している厚労省の審議会で、高齢者ケアの原則を覆す案が通りそうだ。介護保険3施設のうちで最も重度な要介護者が入院している介護療養病床の機能を「評価し」、存続させる提案が厚労省からあった。介護療養病床は2005年に廃止を決め、その後、2度にわたって廃止時期を延長してきた。

 それが、一転、存続となったのだ。厚労省は長期的な施策として地域包括ケアによる「脱病院、在宅重視」を掲げてきたにもかかわらず、全く逆の方向となった。要介護状態になっても最期まで同じ地域で暮らし続けようというのが地域包括ケア。生活の場でない病院暮らしを否定している。

 退院できるのに自宅などで受け入れられずに、居住先がないため入院を続けざるをえない「社会的入院」を減らすのは介護保険の目的のひとつだった。その社会的入院が顕著なのが介護療養病床である。

 介護保険の理念の後退と言っても過言ではない。なぜ、方針転換となったのか。

「老人病院」への入院が加速した
1970年代からはじまった高齢者ケアの“暗部”

 病院の入院のベッドは大方2種類に分けられる。一つは病気やけがなどで入る普通のベッドで「一般病床」と言われる。もう一つは、主に高齢者が複数の病気を抱えて長期に入院する「療養病床」である。

 一般病床だけの病院のほかに、2種類の病床をフロアごとに分けて両方持つ病院もある。かつて療養病床を「老人病院」と称した時代があったため、療養病床だけの病院は今でも老人病院と呼ばれることがある。

 療養病床は実に数奇な足跡をたどってきた。日本の高齢者ケアの「暗部」の歴史でもある。

 介護の社会化や介護保険など考えられなかった1970年代。自宅での家族介護が難しくなった老親を特別養護老人ホーム(特養)など施設に入居させるのは「世間体が悪い」とする風潮が強かった。そこで、施設に「追いやる」よりも、外聞の良い病院を選ぶ家族が多かった。

 入院への流れは、1973年から老人医療費の窓口負担が無料になったことで拍車がかかる。美濃部都政がまずはじめ、黒田大阪府政が追随。革新知事に後れをとってはならじと、田中角栄首相が国策として後追いした。当時は高度経済成長の恩恵を受けて自治体も国も税収が豊かだった。豊富な財源の斬新な使い道として「弱者」への還元となったわけだ。

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浅川澄一 [福祉ジャーナリスト(前・日本経済新聞社編集委員)]

あさかわ・すみかず/1948年2月東京都中野区生まれ。東京都立西高校から慶應義塾大学経済学部に。1971年日本経済新聞社に入社。小売り・流通業、ファッション、家電、サービス産業などを担当。87年に月刊誌『日経トレンディ』を創刊、初代編集長を5年間勤める。93年流通経済部長、95年マルチメディア局編成部長などを経て、98年から編集委員。高齢者ケア、少子化、NPO活度などを担当。2011年2月に定年退社。同年6月に公益社団法人長寿社会文化協会常務理事に就任。66歳。

 


医療・介護 大転換

2014年4月に診療報酬が改定され、ついで6月には「地域医療・介護総合確保推進法」が成立した。これによって、我が国の「医療」「介護」大転換に向けて、第一歩が踏み出された。少子高齢化が急速に進む中で、日本の社会保障はどう大きく変革するのか。なかなかその全貌が見えてこない、医療・介護大転換の内容を丁寧に解説していく。

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