CREピラミッドの
中間層の育成が急務

 なぜ届かないのか。それは経営と現場をつなぐ中間層がすっぽり抜けているからだ。

 下グラフは国交省が企業に不動産を集中的に管理する部署の有無を聞いた結果である。07年度の14.4%に比べれば08年度は増えているものの29.2%にとどまっている。

内部に不動産を集中的に管理する部署を置いている企業は29.2%(2008年度)にとどまる。前年度の14.4%からは増えているが、全体として見ればまだ少ない。ただ資本金1億円以上の企業に限れば64.5%まで増えるが一方で、CREが有効活用できない理由として「資産活用に関するノウハウ、アイデアの不足」「保有資産の現状に対する情報や資料の未整理」「資産活用の検討を行う人材、体制の不足」をあげている。部署があってもCREチームとして有効に機能している企業は、ほとんどないと推定できる。

 経営と現場をつなぐ役割を果たすのは現場に近いアセットマネジメントと、経営に近いポートフォリオマネジメントである。ポートフォリオマネジメントはCRE戦略を考え経営者の意思決定を助ける役割を果たし「企業価値」の向上に貢献する。

「CRE戦略に積極的な日産自動車はポートフォリオマネジメントチームを編成しています。彼らは不動産の専門家ですが、自社のコアビジネスである自動車産業に対する深い知識も持っている。だから的確なCRE戦略が描けるのです」(川口教授)

 では日産のCRE戦略がどれほどすごいのか。ライバル他社との数字で比較したいところだが「他社には該当する部門がなく、CREに関する情報もほとんど公開されていないため比較ができない」(川口教授)というのが実情だ。

 またある製造業経営者はアセットの3割を不動産が占めていることを指摘されて驚いたという。それほどCREに対する関心が薄い。理由の一つにはCREが業績に与える影響が挙げられる。89年のバブル崩壊以前はCRE保有が多いほどROA(総資産利益率)が高かったが、2000年以降はCREが多いほどROAが低くなるという逆転現状が起こっている。そのためCREはもうからないという認識が広がり、保有する不動産ポートフォリオを新しい経営資源として活用する発想がない。

 日産がCRE戦略に成功した最大の要因はカルロス・ゴーン社長がいち早く重要性に気付き、トップダウンによって、製品が顧客に届くまでの開発→生産→物流→販売というバリューチェーンの中にCREを組み込んだことによる。

 当初は日産の経営が悪化したため、事業継続に必要なCREは積極的に活用して利益を挙げる方法を考え、不要なものは本社ビルのように売却するという取捨選択を迫られたという事情があった。しかし現在は、経営戦略とCRE戦略が密接にリンクしている。日産のグローバル戦略の一環として海外の未開の地に飛び、工場用地を確保して回った。そのサイクルが一段落して、CREチームは次の10年を見据えて動こうとしている。

 CREをバリューチェーンの中で考えることは重要であると、川口教授は指摘する。あるビールメーカーは工場というCREをバリューチェーンの中で捉えた。工場は製品を生産する手段なのだから当たり前に思えるがそうではなくて、新設する際に顧客が効率よく工場見学ができる仕掛けを施し、マーケティングツールとして利用したのである。食の安全が重視されている昨今、工場の見える化は顧客に安心を与え、製品を選んでもらう強力な動機となる。

CRE戦略に企業の
生き残りが懸かる

 CRE戦略を成功させるには、まず経営者の意識を変える必要がある。日産のように「背に腹は代えられない」ところまで追い詰められると、全社を挙げて知恵を絞るようになる。

 その状況が2020年以降、多くの企業で起こるのではないかと、川口教授は危惧する。

「金融政策を重視したアベノミクスの実験で分かったことは日本企業が国際競争力を失ってしまったことと、日本が貧乏になった可能性があることです。近い将来、企業は第2、第3のリストラクチャリングを迫られるでしょう」

 その時に備えて経営者は、企業を成長させ価値を高める新しい時代のバリューチェーンを早急に立案しなければならないが「自社にCREチームがない企業は、専門のコンサルティングチームに相談することから始めるといい」と川口教授はアドバイスする。

 企業に与えられた時間は、そう多くない。効率的なCRE戦略の構築が求められている。