「PKを蹴る方向」も合理的に決められる

 ちょっと想像してほしい。
 あなたはサッカー選手、それも超一流の選手で、チームをワールドカップの決勝まで導いてきた。

 あとはペナルティキック(PK)を決めさえすれば優勝だ。確率的には勝算は高い。このレベルの選手になると、PKの成功率は75%ほどだ。石灰で引いたペナルティマークにボールを置くと、スタンドからうなり声が上がる。ゴールまで10メートルちょっと。ゴールポストは幅7メートル32センチ、高さ2メートル44センチだ。

 敵のキーパーがにらみつけてくる。足を離れたボールは、時速130キロくらいで飛んでいくだろう。この速さだと、ボールを蹴る方向を見届ける余裕は、キーパーにはない。こう蹴ってくるだろうと予測して、一か八かで飛ぶしかない。キーパーが読みを外せば、PKの成功率は90%くらいに上がる。

 理想を言えば、サイドぎりぎりを狙って、キーパーが読みを当てても止められないほどの速いシュートを放ちたい。でもその場合、少しのミスも許されない。ちょっとでも狙いが狂ったら、ゴールポストを完全に外してしまう。だからやや余裕をもって、ちょっと内側を狙いたい。でもそうすると、キーパーの読みが当たったらゴールを守りやすくなってしまう。

 それに右サイドと左サイドのどっちを狙うかも決める必要がある。
 あなたがほとんどの選手と同じで利き足が右なら、得意な側は左だ。左サイドを狙ったほうが、強くて正確なシュートを打てる。でも当然、キーパーはそれも知っている。だからキーパーが左に飛ぶ確率は57%で、右に飛ぶ確率はたった41%なのだ。

 そんなわけであなたは一世一代のシュートを決めようと、ピッチに立っている。声をかぎりの声援を受け、心臓は早鐘を打っている。世界中の目が、国中の祈りが、あなたに注がれている。シュートが成功したら、あなたの名は永遠に語り継がれるだろう。失敗したら――いや、それを考えるのはよしておこう。

 どうすべきか、あなたはめまぐるしく考える。得意な側と不得意な側のどっちを狙う? サイドぎりぎり? それとも安全策でちょっと内側? このキーパーとPK対決したことはあったっけ? あったなら、そのときどこを狙って、キーパーはどこへ飛んだ?

 こういうことを考えつつ、キーパーが何を考えているのか、それにあなたが何を考えているとキーパーが考えているかまで深読みしようとする。

 ヒーローになれる確率は75%くらい、それはそれで悪くない。でも確率は高けりゃ高いほうがいい。もう少しうまい考え方はないだろうか? 常識の壁を超えて、敵を出し抜く方法が? もし、もしもだが……右でも左でもないところに蹴ったらどうなる? ゴールのど真ん中を狙うという、とんでもなくバカげたやり方はどうだろう?

 そう、キーパーがいま立っている場所に蹴り込むのだ。でもあなたがシュートを放ったら、キーパーはそこから動くに決まっている。さっきのデータでは、キーパーが左に飛ぶ確率は57%、右に飛ぶ確率は41%だった。……ってことは、真ん中から動かない確率は、100本中たったの2本だ。もちろん、キーパーはどっちに飛んでも真ん中に来たボールを止められるかもしれないが、その確率はどれくらい? ど真ん中PKの全データさえあればなあ!

 ああ、たまたま手元にあった。真ん中狙いのキックはリスクが高そうだが、じつはサイドを狙うより7%も成功率が高いのだ。

 このチャンスに賭けてみる?

 この際、賭けてみることにしよう。あなたはボールに向かって助走し、左足を軸に右足を蹴り上げ、シュートを放つ。その瞬間、大地をゆるがすような歓声がとどろいた。ゴォーーーーーーーーール! あなたがチームメイトにもみくちゃにされるあいだ、スタンドは歓喜にわきかえる。この瞬間は永遠だ。この先幸せな日々が続き、子どもたちは強くて心優しくて裕福な大人に育つだろう。めでたしめでたし!