発売2ヵ月で7万部突破の大ヒット、『マーケット感覚を身につけよう』の著者・ちきりんさんと、メディアへの深い知見と多彩なビジネス経験をもつ田端信太郎さん(LINE株式会社・上級執行役員 法人ビジネス担当)による対談の第2回です。
「マーケット」をテーマに繰り広げられる話題は、田端さん所有のタワーマンションから大学生の就職活動に対するアドバイスへと広がっていきます。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)
なぜ、田端氏は豊洲のタワーマンションを買ったのか?
田端信太郎(以下、田端) 僕いま、けっこうな身銭を切って、自分のマーケット感覚を試してるものがあるんですよ。
ちきりん なんですか?
田端 それは、不動産。豊洲に購入したタワーマンションです。もともと僕は賃貸派なので、最初からいつかは売ることを考えて購入しました。「これから有明とか晴海とか湾岸エリアには、山ほどタワマンが新規に建設される。そんな新規供給が増してるものを買うなんて、アホか」みたいなこと言う人も多いんです。でも、僕の買ったマンションは、なんと、ららぽーとの隣にあるんです!
ちきりん(笑)
田端 5年くらい先に、どんな人がこのマンションを買うかなと考えたんです。すると、同じように近隣の湾岸のタワマンに既に住んでいる人なんじゃないかと。転勤などの事情でもない限り、基本的には人は土地勘のある近所で引っ越すものですからね。そして、湾岸エリアのタワマンに住んでる人って、間違いなく土日にららぽーと豊洲に買い物にくるわけです。そのたびにすぐとなりにそびえ立つ、うちのマンションを目にして……。
ちきりん ここに住んでたら便利だろうな、と。
田端 そうです。雨の日も濡れずに行ける。だから、むしろタワマンの供給が増えて、この辺の人口が増えるほど、潜在的な買い手候補が増えるんじゃないか、と考えています。それに、住みだした当初は子無しのDINKSや、夫婦に乳児1人くらいで、2LDKで60〜70平米くらいの物件に住んでた人も、5年も経てば、ライフステージが変わって、子どもが増えたり、専有の子ども部屋が必要になったりして、80平米超の3LDKが欲しくなるはずなんです。つまり、将来、自分が中古マンションとして自宅を売りに出した際に、それに興味を持つであろう、買い手の顔がありありと思い浮かぶ。それは、さんざん近所をジョギングしたり散歩したりして、得た確信です。このマーケット感覚が正しいかどうかは、いまはまだ証明されていないけれど、「供給増だから価値が下がる」というほど、一面的なものではないと思うんです。
ちきりん それ、リアルな生活感覚をもとに、他の人のインセンティブシステムを推定してるってことですよね。
田端 『マーケット感覚を身につけよう』の中にも、不動産を買うときに、相場に照らし合わせるんじゃなくて、自分の価値基準でいくらの価値があるのか考えろ、という話がありましたよね。
ちきりん はい。小さな子どもを抱えたお母さんなど、雨に濡れずにららぽーとに行けたらスゴク便利。少しくらい高いお金を払ってもいいと考える人はきっといます。それと、田端さんは「供給が急増してるものを買うのは絶対ダメ」みたいな一元的なロジックから抜けだしていますよね。その一見正しいロジックにはまってしまう人もたくさんいるのに。
田端 そうなんですよね。「大量供給が見え見えのいま、湾岸にマンション買うなんて、バカじゃないの」とよく言われます(笑)。まあ、そういわれるたびに「しめしめ」と思ってるんですけど。今後、私と同じ意見に鞍替えする予備軍が多いということですから。
ちきりん タワマン市場の需給って、もっと広げて考えてみたら、いろいろな要因があるんです。例えば中国のお金持ちの人達。自国の政権が政治的にややこしくなってきたら、東京に不動産を欲しがるようになるでしょ。タワマンって、庭付き一戸建てなんかより彼らに人気なんですよね。あと、今は相続税対策でも人気だし。需要にもいろんなタイプがあるんだから、ひとつの市場も複層的に見る必要がある。
田端 英語業界もそうですよね。「グローバル化だから英語が必要、だから英語を勉強しよう」というのが、ぱっと見のロジック。でも、それなら自分自身が英語を勉強して年収UPを実現しようとするんじゃなくて、「英語を勉強したい人向けに、英会話学校を開こう」「フィリピンの人と英語を勉強したい日本人をスカイプでマッチングさせよう」など、そういうことも考えられます。マーケットが動くなら、次に自分は何をすれば、そのマーケットで有利に立てるかを3手先くらい先回りして想像してみることが大事。
ちきりん 田端さんって、プレイヤーじゃなくて常に胴元(※)発想ですよね(笑)。
※賭場を開帳して、寺銭を取る人。転じて、物事を締めくくる人、元締めの意味で使われる
田端 あ、そうかもしれません(笑)。アメリカで、ゴールドラッシュのときに一番儲かったのは、一攫千金を夢見てやってきた金の採掘人にスコップを売っていた人だ、という逸話が大好きですね。