社会派ブロガー・“ちきりん”さんの新刊、『マーケット感覚を身につけよう』の出版を記念する対談連載がスタートします。最初のゲストは田端信太郎さん。NTTデータに新卒入社後、リクルートにて『R25』の創刊と広告責任者を経験。その後、旧ライブドアのメディア事業責任者、『VOGUE』『GQ JAPAN』等のデジタル事業担当を経て、現在はLINE株式会社・上級執行役員 法人ビジネス担当を務められています。
マーケットを愛する“ちきりん”さんと、メディアへの深い知見を持つ田端さんの対談は、両者の深い結びつきを理解させてくれるものになりました。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)

学校的世界よりも、マーケットのほうが多様性を許容する

田端信太郎(以下、田端) ちきりんさんの『マーケット感覚を身につけよう』を読ませていただきまして、僕は、割と自分は「マーケット感覚」ってやつを持ってる方だな、と思えたんです。「そうそう、そうだよね」と共感するところばかりでした。

田端信太郎(たばた・しんたろう)LINE株式会社 上級執行役員 法人ビジネス担当。 1975年石川県小松市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。NTTデータを経てリクルートへ。フリーマガジン「R25」を立ち上げ、R25創刊後は広告営業の責任者を務める。その後、ライブドアに入社し、livedoorニュースを統括。ライブドア事件後には執行役員メディア事業部長に就任し経営再生をリード。さらに新規メディアとして、BLOGOSなどを立ち上げる。 2010年春からコンデナスト・デジタルへ。VOGUE、GQ JAPAN、WIREDなどのWebサイトとデジタルマガジンの収益化を推進。2012年6月 NHN Japan株式会社 執行役員広告事業グループ長に就任。2014年4月から現職。 LINEなどの広告営業および、LINEビジネスコネクトによるCRM展開など法人ビジネス全般を統括。 著書に『MEDIA MAKERS』(宣伝会議)、『広告やメディアで人を動かそうとするのは、もうあきらめなさい。』(共著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

ちきりん 田端さんはそうだと思いました(笑)。マーケット感覚って、人生のどこかでそれを身につけてきた人は、みんなよくわかってるんです。一方で、自分がそれを持ってないことにさえ、気づかない人もいる。そういう人に「マーケット感覚って何?」ってのを説明するのは、すごく難しかった。

田端 でも僕はこの感覚を、こんな明快に人に説明できたことはありませんでした。読んでいて何度も「ちきりんさん、うまいなあ」と思いましたよ。特に婚活が市場化しているという例は、すごくわかりやすかったです。20代で見かけも性格も良いけど、学歴と年収が低い男性は結婚情報サービス会社を使うべきではないと。

ちきりん そうそう。ほかのマーケットでならいくらでも買い手がいるはずの男性が、明らかに自分に不利な市場を選んで苦戦してる。この婚活の例は、感想ブログなどでもよく取り上げられました。婚活にも複数の“市場”があるってことが、あまり意識されてなかったんでしょう。

田端 学校って、正解が一つだけ決まっている世界ですよね。でも、マーケットはそうではない。自分の主観で、例えば「売り」が正解だと思っていても、取引の相手方に、自分と違う考えの、買い手がいないと取引は成立しません。これは、ある意味で、とても厳しいんですが、ある意味で、救いもある。ある女性からは「NO」と思われてしまった婚活中の男性でも、他の市場にいけば、つまり結婚情報サービスではなく、合コンとかナンパでは人気がでるかもしれないというようにね。マーケットというと、すぐ市場原理主義だ、弱肉強食だ、とか思われるんですけど、マーケットというものは、実は多様性を許容しうるんですよ。

ちきりん それが、私が「みんなもっと積極的にマーケットに向き合ったほうがいい」と考える理由なんです。旅館の市場が典型的なんですが、例えば熱海には何百という旅館があるけれど、インターネットが普及して市場化が進む前は、『るるぶ』などの雑誌に取り上げられた、ごく少数の旅館だけが勝ち組になっていた。でもいまなら、独自の付加価値さえ提供できれば、ニッチな旅館でもネット検索でトップ表示されたり、「楽天トラベル」で高評価を得たりできる。マーケットって、「自分は権威にも組織にも選んでもらえない」と思う人こそ活用すべきものなんです。

田端 マーケットを上手に活用するためには、その既存の評価軸を理解しながら、そこから、自分のポジションをうまくずらす必要があります。小麦みたいなコモディティ商品の市場に、ただの一農家として参加しようとすると、他よりも安く売らないと勝てません。でも、「うちの小麦は有機農法です」とか、競争する軸を少しずらすだけで、その市場でも勝てる可能性がでてくる。「そもそも取引相手はなぜ?何を求めて?小麦を買おうとしているのか」という取引相手のカウンターパートの本当の動機を推察することが大事なんです。マーケティングではコンシューマーインサイトと言われる部分ですが、要は明確に言葉にされないような本音のニーズです。