今年も本の年間ベストセラーが発表された。芥川賞受賞以来、ものすごい勢いで売り上げを伸ばし、240万部を突破した『火花』が話題を独占するかたちとなったが、その裏でビジネス書ランキング1位の本が、日本と韓国の二か国で同時に年間1位に輝くという偉業を成し遂げていた。その本が『嫌われる勇気』だ。100年前に誕生した「アドラー心理学」を新たな古典として紹介したこの本はなぜ、日本を飛び出し、海外でもこれほど話題になっているのか。

日本と韓国で同時に年間1位の快挙

『嫌われる勇気』は日本でも89万部を超えるベストセラーとなり、2013年12月の発売から2年が経った今年、ついにビジネス書ランキングの年間1位(2014年は2位)を獲得した。

 オーストリアの精神科医アドラーが創始した「個人心理学」は「アドラー心理学」と呼ばれ、「トラウマを否定する」「承認欲求を捨てる」など、これまで知られてきた心理学とは異なる立場を取る。その内容は「人生を一変させる」ほどの衝撃と言われ、「アドラー関連本」が続々と発売されるなど一躍、「アドラー心理学」に注目が集まった。

 しかし韓国での人気はそれ以上であり、とくに若者からの支持は圧倒的だ。韓国で『嫌われる勇気』が発売されたのは2014年11月。発売から1年たった現在、部数はすでに日本と並ぶ86万部に達し、韓国の書店最大手「教保(キョボ)文庫」では42週連続1位という、ランキング公表史上初となる歴史的大記録を打ち立てた。そしていまもその記録を更新しつづけている。韓国の書籍市場規模を考えるとその人気は日本をはるかに上回り、一大ブームを巻き起こしている。まさに日本での『火花』状態なのだ。

なぜ、韓国の若者は『嫌われる勇気』に心打たれるのか?

 いま、韓国の若者たちは自国のことを「ヘルチョソン(地獄の朝鮮)」と呼ぶ。一生懸命がんばっても報われない、挽回できない社会。どの家庭に生まれるかで自分の人生が決まってしまう。格差激しい韓国で生きていくことのつらさを嘆いた言葉が「ヘルチョソン」だ。

 今年の10月。『嫌われる勇気』の著者、岸見一郎氏と古賀史健氏は、ソウルで開催された「世界知識フォーラム」にゲストスピーカーとして招待された。「世界知識フォーラム」は年に1回、各界の一線で活躍する「知識人」たちが世界中から集まり、数日間にわたりさまざまな催しを行う一大イベントだ。『嫌われる勇気』の人気を受け、フォーラムのメインイベントのひとつとして、二人の対談が行われた。

ベストセラー年間1位を独占!<br />『嫌われる勇気』が韓国で熱狂的に支持される理由今年10月に韓国で行われた「世界知識フォーラム」の模様

 岸見氏と古賀氏の対談イベントのモデレーターを務めたのは、人気・実力共No.1と言われる女性キャスターのキム・ジュハ氏だった。彼女も若者たちが自国の現状を「ヘルチョソン」と呼んでいることに触れながら、二人に「これから韓国はどこに向かっていくべきなのか」という質問を投げかけていた。

 岸見氏と古賀氏は訪韓中、イベント以外の時間もテレビや新聞の取材を立て続けに受け、その合間にサイン会を行うなど、まさにひっぱりだこの人気ぶりだった。そしてサイン会に集まった読者で特に多かったのが若い女性たちだった。

ベストセラー年間1位を独占!<br />『嫌われる勇気』が韓国で熱狂的に支持される理由サイン会には若い女性たちが押し寄せた

 またテレビや新聞社の取材のインタビュアーも20代後半~30代前半の若手記者が多く、彼らも何度か「ヘルチョソン」という言葉を口にした。そしてまるで自分の悩みを相談するかのように岸見氏と古賀氏に真剣なまなざしでこんな質問をしていた。

『嫌われる勇気』は、いまの人生は自分で決めたことの結果だと言います。
でもわたしたちは生まれ育った環境や受けた教育によって人生が決まります。本当にわたしたちは自分で自分の人生を変えることができるのでしょうか。
この国に生きるわたしたちは、これからどうやって幸せになればいいのでしょうか」

 岸見氏と古賀氏は今年の3月にも出版社からの招へいで訪韓したが、その際はまだ「ブームのはじまり」という感じで「なぜ、『嫌われる勇気』が売れていると思いますか?」といったような質問が多かった。

 しかしそれから7か月たった2度目となる今回の訪韓で2人の著者に投げかけられる質問は明らかに変わった。『嫌われる勇気』が単なるブームではなく、「ヘルチョソン」に生きる若者たちが抱えている「生きづらさ」に対する答えを示しているのではないか、彼ら彼女らは同書に希望を見出しているのではないか、といった内容になったのだ。

 古賀氏は「今回の取材やイベントに集まる読者はまるで『嫌われる勇気』に出てくる青年のようでした。「ここが納得できない」「ここがまだわからない」という質問をたくさん受けたので、韓国の中に「青年がたくさん広がっている」と感じました」とその印象を語っている。