「家のなかに頼れる人がいない」
家族全員が孤立した暮らし

 周囲に知られないよう、身を潜めるように暮らす「引きこもり」の当事者たちはよく、テレビのホームドラマを見ては、「ドラマのシーンに出てくる家庭像が、本当の家族の姿なのだろうか?」と困惑するという。

 10年にわたって引きこもっていた、神奈川県に住む20代の三浦可南子さん(仮名)の父親は、仕事ばかりで家の中ではまったく会話がなく、仕事の話ですら家族に愚痴をこぼすことは一切なかった。長女である可南子さんが、父親との会話で覚えているのは、「おはようございます」といった挨拶程度だ。

 可南子さんの両親は、とても不仲だった。父親は薬剤師。母親は専業主婦という家庭。母もまた攻撃的な性格で、大学を卒業した後に就職したものの、仕事が長続きしなかったという。

 やはり、2人とも社会的な付き合いが苦手だった。両親も、可南子さんと同じようなメカニズムを持っていたのかもしれない。

 父親は、大学受験で「5浪」した。開業医だった祖父の後を継いで欲しいという期待に応えようとして、何度も医学部を受けては落ち続けた、そんな団塊の世代だ。結局、倍率が激しかったため、医師になることは断念し、薬学部に入学。薬剤師になったという。

 薬剤師として、病院や薬局を2年に1度くらい転々とした。調合次第で命にかかわる仕事だけに、プレッシャーも強かったようだ。加南子さんが中学生のとき、いじめに遭っていて、相談したかった。悩みを聞いてほしくて、父親に話し始めると、いつも話の途中でフッといなくなる印象があった。

 といって、悩みを母親に話しかけると、チンプンカンプン。そんな家庭の中で、可南子さんは、生きづらさを感じていた。

 つらいことがあっても、家の中には、頼れる人がいない。可南子さんの家庭は皆、孤立していた。幼いながらも、「これは本当に家族なのか?」と疑問に感じ、両親への不信感に変わっていった。憎しみや嫌悪感もずっと重なっていった。

 友人たちの家庭には、仲睦まじく温かみのある「家族団欒」があるのに、自分の家庭には団欒がない。当事者の人たちは、テレビのホームドラマに描かれるような家族の姿がフツーだと思い込み、自分の家庭の現実との間にギャップを感じるという。