「第二創業期」を迎えたオフィス変革の重要性

リモートワークと出社を組み合わせたハイブリッドワークがすっかり定着した今、多くの企業経営者が「社員が集まるオフィスの意義」を再定義するフェーズに直面している。もはやオフィスは「ただ個人の作業をこなすだけの場所」ではない。部門間の連携を高め、多様な人材が交わり、「組織のカルチャーを創り、イノベーションを生む場」としての重要性がかつてなく高まっている。

この問題意識に正面から向き合い、オフィスの統合移転という大胆な決断を下した企業がディーエイチシー(以下、DHC)だ。DHCは「大学翻訳センター(Daigaku Honyaku Center)」として1972年に創業、その翻訳事業を支える柱として化粧品事業へ参入して以降、化粧品や健康食品の分野で日本のセルフケア市場を力強くけん引してきた。

2023年1月末にオリックスの出資を受けて事業継承を行い、新たな経営体制へと移行し、「第二創業期」をスタートさせた。DHCは創業者による強力なトップダウン経営の下で急成長を遂げてきた歴史がある。以前は、何よりも各事業の個別最適とスピード感が重視されており、事業拡大に伴って東京都港区内の南麻布や芝浦など、六つのビルに機能が分散しても、当時はそれが最適解として機能していた。しかし、新体制下では状況が一変した。

DHC代表取締役社長でCOOの宮﨑緑氏は、当時の課題をこう振り返る。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由ディーエイチシー
代表取締役社長 COO
宮﨑 緑 氏

「新体制では、社員同士がしっかりと横の連携を取り、情報を共有しながら合議をもって事業を推進していく方針へと大きくかじを切りました。すると、今までは気にならなかった物理的な距離による連携の難しさや、部署間コミュニケーションの希薄化が、事業を進める上で大きな壁として立ちはだかるようになったのです」

化粧品、健康食品、アパレルなど、扱う商品は多岐にわたり、販売チャネルも通販から直営店、数万店舗に及ぶドラッグストアなどと幅広い。これら性質の異なる部門が一堂に会し、相互理解を深めなければ、新たなシナジーは生まれない。

この課題を解決するため、DHCは「事業間連携強化」を経営判断の軸の一つに据え、「コミュニケーションの活性化」や「次世代のDHCづくり」のためオフィスを1カ所に集約する新本社への移転プロジェクトを始動させた。

グランドコンセプトを若手社員らに委ねる

26年2月、DHCは港区にある環境配慮型スマートビル「ミタマチテラス」へ拠点を集約した。この一大プロジェクトを実務面で推進したのは、特別企画ユニットや総務ユニットを中心とした少数精鋭の管理部門メンバーである。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由「ミタマチテラス」にある新オフィスのエントランス
6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由エントランスは明るく開放的で商品展示スペースも設けられている

移転プロジェクトのキックオフに当たり、宮﨑氏は驚くべき決断を下した。それは、新オフィスのグランドコンセプト作りを「次世代のDHCを担う若手社員」に委ねることだった。

「経営体制が変わるという大きな転換期において、社員には少なからず不安もあったはずです。だからこそ、自分たちでアイデアを出し合い、自主的につくったオフィスだという意識を持ってもらうことが重要でした。経営陣からの要望は『華美である必要はない。機能的で現実的に使いやすいオフィスにしてほしい』ということだけ。後は若手中心の『運用ワーキンググループ』に任せ、口出しせず見守ることに徹しました」(宮﨑氏)

重責を担った若手社員たちが、議論の末に打ち出したコンセプトが「Open Floor」「Open Mind」「Open Communication」という三つの“オープン”だった。これまでセクショナリズムが強かった組織からこれらの言葉が出てきた時、経営陣は「現場も横のつながりを強く望んでいたのだ」と確信し、即座に承認したという。

このプロジェクトの伴走者として選ばれたのが、富士ビジネスだった。数あるコンペ参加企業の中から選ばれた理由は、「現実的で納得度の高い提案力」と「確かなプロジェクトマネジメント力」にあったという。

プロジェクトの進行管理を担った特別企画ユニットユニットマネージャーの内海拓郎氏は、選定の決め手を次のように語る。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由ディーエイチシー
特別企画ユニット
ユニットマネージャー
内海拓郎 氏

「富士ビジネスさんの提案は非常に現実的で、デザイナーの感性を押し付けるような提案ではなく、予算やスケジュールを見据えた上で私たちのニーズを的確にくみ取ってくれました。毎週の定例会議でも、PM(プロジェクトマネージャー)として私たちの疑問をその場で解消しつつ、『他社ではこうしています』といったプラスアルファのプロフェッショナルなアドバイスを常に提示してくれたため、安心してお任せすることができました」

最大の難関「断捨離」をどう乗り越えたか

順調にスタートを切ったプロジェクトだったが、社内には越えなければならない巨大な壁が存在した。それが「断捨離」である。

創業以来50年以上にわたり蓄積された書類や備品の数々。集約に伴いオフィスの総面積は約30%縮小されるため、大幅なペーパーレス化と物品の廃棄が不可欠だった。しかし、長年染み付いた「紙文化」は根強く、現場からは「計画された収納スペースには絶対に入り切らない」「捨てるなんて無理だ」という猛反発が巻き起こった。

この難局を打破する契機となったのも、富士ビジネスのサポートだった。彼らのアレンジにより、すでにオフィス移転と改革を成し遂げた他社の事例見学と、その“先輩”プロジェクト担当者へのヒアリング機会が設けられたのだ。

総務ユニットユニットマネージャーの伊上博史氏は、その時の衝撃を鮮明に覚えている。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由ディーエイチシー
総務ユニット
ユニットマネージャー
伊上博史 氏

「他社の担当者から直接、『断捨離は本気でやらないと必ず失敗する』と教えられ、骨身に染みました。そこから総務が腹をくくり、全社に目標数値を送り、毎月のように各部署を回って進捗を管理しました。煙たがられる存在でしたが、やるしかなかったのです」(伊上氏)

強行ともいえる断捨離作戦だったが、次第に社内の意識は変化していく。「捨ててみたら意外と業務が回る」「身の回りがスッキリして働きやすくなった」という声が上がり始めたのだ。その成果は誰もが認めるものとなり、移転後に開催された全社参加の社員総会では、創業以来初となる社内表彰を実施。「断捨離プロジェクト」は全社から選出された取り組みの中から最終3チームに残り、社員による投票の結果、見事1位に輝いた。

「完全フリーアドレス」へのこだわりと想定外のトラブル

新オフィスにおけるもう一つの大きな挑戦が「完全フリーアドレス制」の導入だった。経営陣と若手社員が強く推進する一方で、中間管理職からは「部下がどこにいるか分からず、マネジメントに支障が出る」と、エリアを限定するグループアドレス案を望む声も上がった。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由「完全フリーアドレス制」を導入した執務スペース
6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由「カフェ&コワーキングフロア」にも本格的な執務スペースを設けている

しかし、三つの“オープン”を実現するためには妥協できない。経営陣の強い意志により完全フリーアドレス制が導入された。

ここでも、富士ビジネス経由で聞いた「移転後半年間は不満やクレームが出るが、そこをじっと耐えれば必ず新しい環境に適応する」という“先輩”企業からのアドバイスが、プロジェクトチームの心の支えとなった。

実際に運用が始まると、当初の懸念は杞憂に終わった。

「半年もたつと、自然と『あの部署のメンバーは大体このエリアにいる』という緩やかな秩序が生まれました。一方で、集中したいときは専用の集中ブースにこもるなど、社員一人一人が自律的に働く場所を選ぶようになり、懸念されていた混乱はありませんでした。むしろ、自分の固定席がないため退社時には必ずデスクを片付けるルールが徹底され、早朝や夜のオフィスが常に美しく保たれるといううれしい副産物も生まれました」(内海氏)

とはいえ、予期せぬトラブルも発生した。例えば、窓際の眺望が良く明るい席をデザイナー部門に割り当てたところ、「ブラインドの隙間から入る光がモニターに反射し、微妙な色味の確認に支障が出る」というクレームが上がったのだ。良かれと思った開放的な配置が、専門職にとっては大問題だった。

この想定外の事態にも、富士ビジネスは迅速に対応した。光の入り方を細かく検証し、オフィスの美観を損ねずに遮光できる特殊なカーテンの設置を提案、即座に問題を解決に導いたという。

「約1年10カ月に及ぶプロジェクトの期間中には、組織改編による部署の統廃合など、さまざまなイレギュラーが発生しました。しかし富士ビジネスさんは、その都度、柔軟に図面を引き直し、私たちの変化にしっかりと寄り添ってくれました」(内海氏)

17階に広々と設けられた「カフェ&コワーキングフロア」でも、予想外のうれしい光景が見られるようになった。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由広くて開放的な「カフェ&コワーキングフロア」
6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由多目的に活用できる「カフェ&コワーキングフロア」では、活発なコミュニケーションが生まれているという

「各自が黙々と昼食を取るだけの場所になるかと思っていましたが、ふたを開けてみると、部署の垣根を越えて同期が集まってワイワイとランチを楽しんだり、研修後にそのまま懇親会が開かれたりと、活発なコミュニケーションが生まれています。旧オフィス時代には拠点分散によって見えづらかった『隠れたコミュニティー文化』が一気に顕在化しました」(伊上氏)

新オフィスで見られる「確かな変化」

新オフィスへの移転から約半年。DHCの社内には、確かな変化が根付き始めている。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由研修ルームの様子

一つの拠点に集約されたことで、他部署のメンバーに気軽に声をかけられるようになり、複数の事業部をまたぐ横断的なプロジェクトへのアサインが極めてスムーズになった。本社以外の工場や研究所のスタッフも、アクセスの良い新オフィスに立ち寄って自律的に仕事をする機会が増え、かつて強固だった「組織の壁」は、今まさに溶け始めている。

「オフィスがきれいだから出社したくなる」という次元を超え、「集まることで新しい何かが生まれる」というリアルな価値に、多くの社員が気付き始めているのだ。

「最初は、点在する拠点を集約することによるコストメリットや効率化の観点から始まった移転プロジェクトでした。しかし、若手が自らコンセプトを考え、富士ビジネスさんの伴走によってそこに熱い思いが注入されたことで、新オフィスは単なる作業場から『企業文化と創造性を育む場所』へと昇華しつつあります。これはコストではなく、未来のDHCを創るための確実な『投資』だと確信しています」と宮﨑氏は確かな手応えを口にする。

6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由明るさや開放感を意識した空間デザインを採用している
6拠点分散から1カ所へ。DHCが「第二創業期」の核となるオフィス創生を若手社員に委ねた深い理由「集まることで新しい何かが生まれる」空間づくりを目指したという

オフィスの移転や変革は、単なる引っ越しではない。経営陣の明確な意思と、社員一人一人の意識変革が交差する一大プロジェクトである。

もし今、自社のオフィス環境や組織のサイロ化に課題を感じている経営者や担当者がいるならば、DHCの軌跡は大いに参考になるはずだ。「次世代を担う若手に未来のオフィスを委ねる」「徹底的な断捨離で過去の習慣を断ち切る」「移転直後のハレーションに耐え、変化し続ける」――。これらは、どの企業でも応用できる普遍的な成功の鍵といえよう。

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