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エステー会長 鈴木喬

社長と経営者は違う。その差はなにか

鈴木 喬 [エステー取締役会議長兼代表執行役会長(CEO)]
【第3回】 2016年2月15日
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Photo by Yoshihisa Wada

「老害反対」の僕が老害かもしれない

 齢80を過ぎて「社長と経営者は違う」とつくづく思う。「社長」「経営者」と同じ存在を言っているようだが、内実はまったく別物で、社長であることをよしとする人と、経営者になろうとする人は明らかに違う。経営者とは、やはり社長のもう一つ上なのではないかと思うのだ。

 だいたいが、「社長」になると舞い上がってしまい、偉くなった気分になる。でもそれは、社長に任命されれば社長で、結果が思わしくなければ取締役会や株主総会、陰の実力者などから「お前は終わり」と言われれば、それまでの存在だ。「プロ経営者」とマスコミに持て囃される人でも本質的には雇われ社長に過ぎず、経営者にはなれていない事例が多い。

 「じゃあ、鈴木さんの考える経営者とはどんな人なんですか」と聞かれたら、こうだ、というものは明確にない。

 だが同時に、生き残っていこうという執念はまったく違うと思っている。例えば業績悪化の責任をとって解任されておさらばできるのであれば、それはそれでケジメのよろしいことだが、そうはいかないことがあるのだ。

 僕自身のことで言えば、僕は本当は40歳までに巨億の財をなして大きなヨットを買い、地中海を乗り回すのが夢だった。ヨットにはスキーや自転車など遊び道具一式を載せ、美女もたくさん乗せて毎晩大騒ぎする。

 しかし初めの一歩から違っていた。死ぬほど働いて気がついたら今になっていて、もう辞められなくなっている。潰れかかった会社を再建できたし、ヒット商品も生み出せた。

 だからこそ「一抜けた」と言おうものなら「逃げるのか、この野郎」と言われる。一方、ワイフからは「あんたいつまでやる気なの」と責められる。言う通りなのだ。僕だってついこの前までは「老害反対」だった。しかし自分が老害にならぬよう会社にいる。

 同族経営から脱皮すると公言してきた。にもかかわらず同族経営に戻ったりする。自分のやっていることはすべて逆さまになった。

 これはいったいどうしたことかと思う。

 結果責任だけを負える社長は、ある意味で幸せな存在だ。「私の能力不足で結果を出せず、申し訳なかったです」で済むのだから。だが中小や中堅の企業ではそうはいかない。結果責任以上の責任を背負い、しかも逃げることができないからだ。つまり社長ではなく経営者にならなければ株主や従業員、あまたのステークホルダーへの責任を果たせない。

 老害と言われようと、舅の小言と言われようと、責任を背負い続け、決して逃げないという経営者としての覚悟を示さなければ、中堅企業は従業員からも世の中からも受け入れてもらえないのだ。

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鈴木 喬 [エステー取締役会議長兼代表執行役会長(CEO)]

1935年東京都生まれ。一橋大学商学部卒業後、日本生命入社。法人営業分野を開拓して総合法人業務部次長を経て、父親が創業した現エステーに1985年に入社。1998年に同社代表取締役社長に就任。2004年に委員会設置会社に移行して代表執行役社長兼取締役会議長に就任。エステーの再建のため取締役削減や品種削減などの大胆な経営改革を断行する一方、「消臭力」「脱臭炭」「米唐番」などのユニークな商品を自ら提案して大ヒットさせる。2012年より現職。

 


エステー会長 鈴木喬

消臭芳香剤では「消臭力」や「脱臭炭」、防虫剤の「ムシューダ」、除湿剤の「ドライペット」、そして「米唐番」などのユニークな商品を連発するエステー。その開発と販売をリードしてきた鈴木喬会長。P&Gや花王などの巨人たちが割拠する日用品業界で独自のプレゼンスを発揮できている理由はどこにあるのか。鈴木会長が「小さな中堅企業でも勝てる戦略」とユニーク経営を支える独自の経営哲学を語る。

「エステー会長 鈴木喬」

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