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日本に巣食う「学歴病」の正体

企業にはびこる「東大卒」至上主義に意味はあるのか?

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第6回】 2016年2月16日
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企業の「東大卒」重視は
いつまで続くのか?

企業では、依然として東大を中心とした高学歴な学生を重視する採用が行われている。実際のところ、「東大卒」重視の考え方は意味があるのだろうか

 今回は、連載第1回で紹介した、 元東京大学地震研究所の都司嘉宣・准教授に、学歴と採用の関係について話を聞いた。取材のポイントは、都司さんが連載第1回で語っていた、以下の話についてである。

 「民間企業も、新卒のとき、たった一度の採用試験で内定を出そうとするから、学歴を重視した形にならざるを得ないのだと思います。多くの会社が、一定期間のインターンシップなどを設けて、その過程で学生を選ぶようにしたほうがいいと私は考えています。そのようにすると、東大を中心とした学生を重視する採用も、やがて変わっていくのではないかと思います」

 この指摘は、筆者が2年前に取材した有名なベンチャー企業の副社長が話していたことと意味合いが似ていた。都司さんを取材すると、言わんとしていることが重なり合うのだ。今回は都司さんのインタビューとなるが、最後にべンチャー企業の副社長の言葉を盛り込み、筆者なりの提言をしたい。2人の主張が重なる部分はどこなのか、そこに企業や就活生が「学歴病」を克服するヒントがあると、筆者は思う。


――企業の人事部、特に大企業の人事部が、新卒時に東大卒の学生を優先的に採用するのには、一定の理由があるはずです。たとえば東大卒の学生は、大学受験までに忍耐や競争心、目標に向けて邁進する力などを身に付けていて、それが相当に高いものだと考えられているのだと思います。実際はどうなのか。都司先生はどうお考えですか。

 確かに、そのような力を兼ね備えた学生は多いのではないか、と思います。難易度の高い試験を受けて入学しているだけに、他の大学の学生よりも相対的に潜在的な能力が高いのかもしれません。しかし、18~19歳の時点におけるたった1回の試験で、企業がその人の力を正確に判断するのは難しいと私は考えています。

 まして、企業では、大学入試の学力とは、別の力が求められるものだと思います。学力や「東大卒」という学歴が、会社で仕事をする力と必ずしも比例しないことはあり得るではないでしょうか。たとえば私は、東海大で教えている時期がありました。そこに、勉強に熱心に取り組み、クラスのリーダーとして皆を引っ張る力を兼ね備えたある学生がいたのです。全体の状況を見据え、今自分は何をするべきかを考え、行動をとる使命感や責任感があったのです。それは、素晴らしいものでした。

 大学受験のとき、英語や古文、漢文などで点数が低く、東大に入ることができなかったとしても、彼には企業人として将来、伸びていく可能性が十分にあると私には見えました。一方で、東大の学生がこうした資質を必ずしも身に付けているわけではないのです。東海大のこのような学生が、企業の採用試験の際、大学入学時の難易度で振り落とされているならば、その企業にとってやがて損失になっていくのです。こういう学生が増えると、国や社会としても損失です。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


日本に巣食う「学歴病」の正体

 今の日本には、「学歴」を基に個人を評価することが「時代遅れ」という風潮がある。しかし、表には出にくくなっても、他者の学歴に対する興味や差別意識、自分の学歴に対する優越感、劣等感などは、今も昔も変わらずに人々の中に根付いている。

たとえば日本企業の中には、採用において人事が学生に学歴を聞かない、社員の配属、人事評価、昇格、あるいは左遷や降格に際しては仕事における個人の能力や成果のみを参考にする、という考え方が広まっている。しかし実際には、学歴によって選別しているとしか思えない不当な人事はまだまだ多く、学閥のようなコミュニティもいまだに根強く存在する。学歴が表向きに語られなくなったことで、「何を基準に人を判断すればいいのか」「自分は何を基準に判断されているのか」がわかりずらくなり、戸惑いも生まれている。こうした状況は、時として、人間関係における閉塞感やトラブルを招くこともある。

 これまでの取材で筆者は、学歴に関する実に多くのビジネスパーソンの悲喜こもごもを見て来た。学歴に翻弄される彼らの姿は、まるで「学歴病」に憑りつかれているようだった。学歴は「古くて新しい問題」なのだ。本連載では、そうした「学歴病」の正体を検証しながら、これからの時代に我々が意識すべき価値基準の在り方を考える。

「日本に巣食う「学歴病」の正体」

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