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人工知能は私たちを滅ぼすのか
【第10回】 2016年4月11日
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児玉 哲彦

2030年、人工知能と共に生きるすべての人へ
シンギュラリティへ向かう世界でどう生きるのか?

人工知能はどこから来て、この先何を変えるのか?新刊『人工知能は私たちを滅ぼすのか――計算機が神になる100年の物語』では、2030年に暮らす女子大生のマリと、アシスタント知能デバイス(A.I.D.)のピートが、コンピューター100年の進化論から、人工知能の行く末を探ります。長年、ITと人間の関係を研究する専門家が新たに書き下ろす、2030年に生きるすべての人たちへの最終メッセージ。

拝啓、2030年のマリたちへ

 僕は今、2016年の日本にいます。君はまだ8歳とかだから、この文章をすぐ目にすることはないでしょう。この文章がタイムカプセルにでも入れられて、君が大人になった頃に目にしてくれたらいいなと思っています。その頃にまだ紙に書かれた文章を読むような習慣が残っていれば、だけど。あるいは、このサイトがどこかのクラウドにアーカイブされて、ネットの片隅に残ってる可能性の方が高いかもしれません。

 君たちはきっと、ピートのような賢い機械に囲まれて育つでしょう。君たちはそれが当たり前だと思い、お父さんやお母さんがそういうもののない時代に青春を過ごしたということは想像もできないでしょう。僕らは未だに自分でクルマを運転したり、確定申告で領収書の束に埋もれたり、図書館に籠もって文献を漁って本を書いたりしています。

 2030年を生きる君たちには、さぞかし原始的に見えることと思います。それでも僕たちは、それまでの歴史の中でもっとも発展してもっとも豊かな生活を送っていました。それは僕らのさらにお父さんやお母さんや、そのまたお父さんやお母さんが頑張って働いたり、次の世代を一生懸命に育ててくれたりしたおかげでした。

 数年前に、僕がこの本(『人工知能は私たちを滅ぼすのか』)を書くきっかけをくれた友人に、初めての子どもが生まれました。その時、彼がこの時代にもっとも広く使われていたSNSのFacebookに、こんな投稿をしていました。

 「僕らは、君たちにどんな世界を残してあげられるんだろう」

 彼自身は知らなかったかもしれないけど、彼から本を書かないか、それも歴史の本を、と言われたときに僕の頭に真っ先に浮かんだのは、彼のこの言葉だったのです。

 ネイティブアメリカンのホピ族は、重要な意思決定をするときには七代先への影響まで考えるそうです。

 君の住んでいるのは、今よりも豊かな世界ですか。今よりも平和な世界ですか。今よりも希望のある世界ですか。僕たちには、先達が積み上げてきたこの世界を、君たちによりよいものにしてバトンタッチするために、なんとか頑張っています。

シリコンバレーは月へ行くようなリスクをとって世界を制した

 僕の本では十分に書ききれなかったけど、君たちの時代には社会の中で一層重要になっているだろうITというものの発展に、日本人や日本の企業は大きな貢献をしてきました。

 例えば、インテルが最初のマイクロプロセッサを作るきっかけを作ったのは、日本のビジコンという会社でした。パーソナルコンピューターの初期にはNECや富士通や東芝のような日本企業が大きな成功を収めました(君たちの時代にまだ彼らは存在していますか?)。スマートフォンにつながった携帯電話を世界で最初に実用化したのも、インターネットにつながるようにしたのも、日本でした。日本には多くの人工知能の研究者がいて、ニューラルネットワークなどの研究に地道に取り組んできました。

 だけど、僕たちの時代には、パーソナルコンピューターもスマートフォンも、日本製のものはあまり使われていません。海外ではほとんど見なくなってしまいました。世界中で使われているIT製品の多くは、アメリカのIT企業のものです。どうしてこんなことになってしまったのでしょう。

 企業を取り巻く環境の違いは、間違いなく大きくあります。

 僕の本に書いたように、アメリカの政府は大きな軍事予算を持っていて、その多くを、軍事的優位を保つために新しい技術の開発に投じています。チューリングやノイマンが最初のコンピューターを作っていた頃から、ITの基礎開発は軍事目的で、今の国防高等計画局(DARPA)の資金によるものでした。日本は、戦後に憲法で戦争を放棄しました。だから、アメリカやイスラエルや中国のようにおおっぴらに大きな軍事予算は使えません。

 そうした予算が、スタンフォードやMITといったトップレベルの大学や研究機関に流れ込んで、世界中から優秀な若い人たちを惹きつけてきました。でも、日本にだっていい大学はあるし、経済的には豊かだし、優秀な若者はいるし、君たちくらいの歳までには、そんなに大きな差があるわけじゃないんです。

 違うのは、その後。日本では、そうした若い人たちが社会に出るときに、伝統ある大企業に入ったり、お医者さんや弁護士のような社会的地位の高い仕事に就くのがいいこととされます。でも、スタンフォードでコンピューターサイエンスをやっているような学生さんにそういう人はいません。まずはGoogleなどのような、大企業でも歴史が浅くて勢いのある企業に入るか、最初から自分で起業してしまうような人もたくさんいます。周囲の大人も、社会も、そのようにリスクをとってチャレンジをする人を応援します。

 こんな例え話をした人がいます。たくさんの人を乗せた船が難破して、無人島にたどり着いた。まずは食料を得ないと、みんな飢え死にしてしまう。例えば、木の実や貝を拾うのは子どもやお年寄りでもできるけど、わずかな食料しか得られない。一方、大きな動物を狩れば、自分がやられるリスクもある代わりに一気にたくさんの食料を得られるから、元気のある若者がそうした仕事をしにいくでしょう。

 ところが今の日本の社会というのは、若くて優秀な人が木の実を拾いにいくような仕事をしているようなものです。だから社会全体として得られるリターンが小さくなってしまって、みんな一斉に貧しくなっていく。いや社会なんていう大きな単位で考えなくても、木の実を拾うのは、安全かもしれないけど単純につまらない。つまらないことをやっていると、人間の精神はよどんでいきます。

 シリコンバレーやサンフランシスコのITベンチャーのコミュニティに行くと、本気で民間で宇宙開発をやろうとか、ほとんど妄想としか思えないような壮大な夢を語る人がいます。でも、そうした人たちに共通しているのは、みんな本当に楽しそうで生き生きとしていること。人間の精神というのは、安全や安心ではなくて、夢を描いて、リスクをとってチャレンジするときに一番輝くものです。

 この本の中に書いたITの先駆者たちには、ある共通した点があります。それは、若い頃にはほぼ全員が、気が狂っていると思われていたことです。世界を変えるような、大きな産業をつくり出すような仕事をした人たちは、例外なくそうです。それは彼らの描いた夢やビジョンが時代に先駆け過ぎていて、同時代の人たちには理解できなかったからです。

 シリコンバレーにはそういう人たちが集まって、あらゆる産業を塗り替える現代のルネサンスを起こしています。その秘密は、お金じゃなく、能力じゃなく、ただリスクをとって自分の信じたものに自分を丸ごと賭けられるか、という違いなのです。

シンギュラリティへ向かう世界で生きていくために

 君たちの時代には、人工知能に代表されるITの進化は今よりもはるかに加速していることでしょう。人工知能が多くの仕事で人間を上回り、人間の存在意義や生き方がかつてなく問われているでしょう。

 僕の予想が正しければ、今ホワイトカラー職と言われている、数字や文章のような記号情報を扱う仕事の大部分、そして画像や音声のようなパターン情報を扱う仕事の少なくない割合を人工知能がするようになっていると思います。

 おそらく、今よりも機械に置き換えにくい肉体労働などをしている人の割合が増えているでしょう。今の世の中で付加価値の高い仕事から先に機械に置き換わっていくので、賃金が減ってしまう人もたくさんいるでしょう。僕は、社会が経験するこうした痛みができるだけ少なければいいと願っています。

 そんな時代に、君は今からどんな風に備えていたか、思い出してみてください。君のいる時代の人工知能は、行き先を与えられればそこへうまくたどり着くことは人間より上手いと思います。だけど、どこへ行けばいいかは、まだ教えてはくれないはずです。

 君は、小さい頃にたくさん遊んだことと思います。好奇心を持って、知らない場所に出かけたり、会ったことのない人に会ったりしていたことと思います。そして自分の身体で世界の豊かさや美しさを感じたり、自分の手を動かして物をつくる喜びを体験していたことでしょう。

 今大人になって、君の目の前には真っ白なキャンバスが広がっています。目を閉じてみてください。そこにどんな絵を描くのか、どんな音楽を奏でるのか、どんな世界をつくるのか、無限のイメージを広げてください。

 その時、人工知能は、君のそのイメージを形にしてくれる、最高のパートナーになることでしょう。

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「人工知能は私たちを滅ぼすのか」

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