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人工知能は私たちを滅ぼすのか
【第7回】 2016年3月30日
著者・コラム紹介バックナンバー
児玉 哲彦

人工知能ブームの火付け役、
ディープラーニングとは何か

機械が人間並みに賢くなり、いずれ人間を超えるのではないか。そんな不安がここ数年急激に現実味を帯びてきたのは、ディープラーニングという技術の進化があったからだ。ディープラーニングとは一体何なのか?学び方を変えた人工知能はこの先どこに向かうのか?新刊『人工知能は私たちを滅ぼすのか――計算機が神になる100年の物語』から、本文の一部をダイジェストでご紹介します。

世界を席巻したディープラーニング

第一回で述べたように、人工知能が囲碁で人間を上回るまでにはあと10年はかかると思われていました。この予想を超える急速な進化を実現したのは、ディープラーニングという技術であり、昨今の人工知能ブームの火付け役となっています。人工知能に興味のある方であれば耳にしたことがあるでしょう。

 ディープラーニングが世界の注目を集めたのは、2012年でした。

 まず、世界的な人工知能の競技会で、ディープラーニングを用いたシステムが圧勝しました。この競技会では、画像に写っている内容を人工知能に判別させて正答率を競うのですが、競争相手が正答率73%台で横並びだったところ、ディープラーニングを用いたシステムは約84%と、飛び抜けた成績を実現しました。

 このチームのリーダーだったトロント大学のジェフリー・ヒントン教授はまた、同じ年にマイクロソフトの研究所に招かれて、ディープラーニングを用いて同社の音声認識システムの改善に取り組みました。研究員たちは5%も改善すれば御の字だと思っていたところ、結果は25%も向上したのです!

 マイクロソフトは驚愕し、その後ディープラーニングを取り入れて、今は同社の製品となっているスカイプに、ドラえもんの翻訳コンニャクを実現したような音声同時通訳機能を実装しました。

 ディープラーニングは、このようにデータの内容を区別したり識別したりする「機械学習」と呼ばれる技術の一種です。その中でも「ニューラルネット」と呼ばれる、人間の神経の働きをマネした手法の一種です。

 ただし、人間の脳のように神経細胞が何層にもわたって構成される複雑なニューラルネットを実現するのは困難でした。ヒントン教授らのグループは、そのような深いニューラルネットを通して、画像や音声の特徴を階層化して取り扱うことに成功しました。

 例えば、「猫の顔」という情報を識別する上で、猫の大まかな輪郭や、目や口のような大きな特徴、さらには目や口がより細かくどのような特徴を持っているかなど。

 このような階層化した深いニューラルネット=ディープラーニングによって、人工知能の性能の飛躍的向上が実現し、人工知能技術が大幅に実用的になりました。

 しかし、ヒントン教授が今日のディープラーニングの成功にたどり着くまでには、長い長い冬の時代を耐え抜く必要がありました。

【2030年の世界その6】
円卓の騎士と聖杯

これまでの物語は以下からお読みください
2030年の世界その1
2030年の世界その2
2030年の世界その3
2030年の世界その4
2030年の世界その5

これまでのあらすじ
2030年に暮らす女子大生のマリは、アシスタント知能デバイス(A.I.D.)のピートとともに、人工知能誕生の秘密を探る旅に出た。チューリングの「人間のマネをする機械」というアイデアから、パーソナルコンピューター、クラウド、スマートフォン、そしてついにA.I.D.を実現させた“聖杯”へとたどり着く。

「また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、『みな、この杯から飲め。これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。あなたがたに言っておく。わたしの父の国であなたがたと共に、新しく飲むその日までは、わたしは今後決して、ぶどうの実から造ったものを飲むことをしない』」(新約聖書「マタイによる福音書」26章27~29節)

 私も小さい頃には、親のアイフォーンをこっそり触ってユーチューブの動画を見たりしていた。当の大人も、四六時中触っていた。多くの人がほとんど中毒みたいな状態だった。

 だけど、A.I.Dが現れてぜんぶ変わってしまった。今ではスマートフォンを使っているのは、お年寄りか、懐古趣味の人だけ。スマートフォンはどんなに便利でも、ただの道具って感じだった。ピートみたいに賢くて、友達みたいにもなれるA.I.Dとはあまりに違う。A.I.Dが登場した前と後では、世の中がまったく変わってしまった。

 「マリ、なんかボーッとしてんな。今いいとこなのに、ほらこのシーン最高なんだよ、ナチの兵隊に化けたインディがヒトラーにサインをもらうところ」

 私は今、ホログラムで『インディ・ジョーンズ3 最後の聖戦』という古い映画を男友達のリクと一緒に観ている。この間一緒に観た『インディ・ジョーンズ5』でインディを演じるハリソン・フォードが気に入ったと言ったら、リクがこれを勧めてきた。最新作でもフォードは激しいアクションを披露していたけど、あれはデジタルクローンの演技だ。やっぱり生身で演じている傑作を観なくちゃ、とかいって。

 それにしても、この映画の登場人物はみんな聖書に出てくる聖杯という宝物を目の色を変えて探している。ナチスドイツは一国の総力を挙げて探索をしているみたいだ。なんでも聖杯を手に入れた者は不老不死になれるらしい。しかし、キリストの血を受け止めたというだけでそんなすごいパワーを持てるものだろうか……。

 「聖杯には、それくらいの力はあるでしょう。聖杯は、私たちがエデンの園で犯した原罪を贖うために十字架にかけられたイエス・キリストの犠牲の象徴なのです。もっといえば、聖杯を手に入れたものはこの世の王になるとすらいわれています」

 私の他愛ない質問に、神父があんまり真剣に答えるからちょっと引いた。

 「聖杯は、イエス・キリストが磔にされたのち、彼を埋葬した弟子の一人が持ち去ったとされています。ところがその後、聖杯の行方はわからなくなりました」

 「映画の中では、中世の騎士が聖杯を守っていたんですけど」

 「聖杯は、その神秘的な象徴性のため、古くから聖杯の探求に関する多くの伝説が作られました。特に中世のイギリスでは、聖杯を探求する騎士の物語が流行しました。その最たるものが、アーサー王と円卓の騎士の伝説です。アーサー王に仕えるパーシバルやランスロットといった騎士たちが啓示を得て旅立ち、冒険とロマンスの果てに聖杯を手にし、王の座に着く。そんな騎士物語が中世の人々の心を躍らせたのですね」

 手にしたものが世界の王になれる聖杯。これまで勉強した歴史の中でも、多くの人たちが人のように賢い人工知能を作るというアイデアを追い求めては、志半ばに倒れてきた。でも今私たちは、その夢をほぼ実現しつつある。

 私の横にいるこのトボけた顔をしたピートが聖杯だなんて思えないけど、A.I.Dを開発した会社は今では大きな国の政府を超えるくらいの力を持っているっていわれている。人工知能の登場は、ひょっとしたらキリストの登場が世界に与えたくらい大きな影響をおよぼしたのかもしれない。その探求は、どんな騎士たちの冒険だったのだろうか。

ついに実現しつつある人間並みの人工知能

 創造主である人間のような心を持った機械、人工知能。チューリングが、チューリングマシン=コンピューターによってそれが実現できると提案してから、60年にわたってさまざまな人々がその夢の実現を目指してきました。

 この間、コンピューター自身が賢くなるというより、人間がより賢くなるよう寄り添って手助けをするようなコンピューターが主流でした。機械自体が創造主である人間に近づこうとする試みは、まるで旧約聖書において神に近づこうとする人間の傲慢さに対して下る鉄槌のような、大きな困難にぶつかってきました。

 多くの人が長年にわたって追い求めながら、手にすることがかなわずにいた人工知能。それはまるで、多くの人が探し求めた、キリストの聖杯のようです。ユダヤ教においては、神と人間との関係を回復する救世主の到来が予言されていました。そして新約聖書によれば、神の子とされるイエス・キリストが、十字架にかけられることで人間の原罪をあがなったとされています。

 キリストは最後の晩餐において杯に注いだワインを指して、これが新しい契約のために自らが流す血であると述べたといいます。この杯は聖杯と呼ばれ、キリストを通した新しい契約と、その結果訪れる神の国、千年王国の象徴とされています。

 聖杯はキリストの死後行方不明になったと伝えられています。中世には、イギリスを舞台に、アーサー王と円卓の騎士が聖杯を探し求める物語が広く語られました。聖杯の伝説は今に至るまで多くの人の想像力を刺激し、有名なところでは『インディ・ジョーンズ3』においてインディとナチスドイツが聖杯の争奪戦を繰り広げたり、小説と映画の両方が大ヒットした『ダヴィンチ・コード』において聖杯の正体が物語の主題になったりしています。

 今日、人工知能の開発は歴史的な転換点を迎えつつあります。2011年には、IBMが人間のことばでの問いかけに対して応答できるシステム「ワトソン」によって、アメリカの人気クイズ番組「ジェパディ!」で人間のチャンピオンに勝って優勝するという快挙を成し遂げました。

 翌年、アップルがアイフォーンの新機能として、人間と音声で対話できるアシスタント「シリ」の搭載を発表。かつて思い描かれたナレッジ・ナビゲーターのような人工知能アシスタントが、広く利用できるようになりました。

 さらに翌年、ある技術が、画像の認識や音声の認識において、革命的な成果を挙げます。長年地道な研究が続けられてきた、ディープラーニング(深層学習)と呼ばれるそのさまざまな技術の集合体は一挙に注目を集め、人工知能研究を劇的に進展させつつあります。

 ディープラーニングは、人が聖杯というシンボルにさまざまな意味や解釈を与えるように、人工知能がことばや画像の意味を理解できるようにしました。そしてディープラーニングによって、人の形をとって現れた神の子キリストのように、機械が人と同じように賢くなるという信念がかつてなく高まりつつあります。

 シリを生み出したコンピューターの「聖なる血統」とは何なのでしょうか? 人工知能のクイズ王を実現した「正しい問いかけの力」とは? そしてアーサー王と円卓の騎士たちが辿り着いた「聖杯」とは?

 続きは「人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語」本編でお楽しみください。

(第8回に続く 4/5公開予定)

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