20年もの長きにわたって低迷を続ける日本経済を、気鋭の経済学者とともに検証する。第1回は、池尾和人・慶應義塾大学教授に聞く。

──日本経済の現状をどうとらえているか。

池尾和人 慶應義塾大学教授<br />日銀に“政治的判断”を押し付けるな池尾和人(Kazuhito Ikeo)
1953年生まれ。京都大学経済学部、一橋大学大学院修士課程修了、同博士課程単位取得満期退学。経済学博士。岡山大学助手、京都大学助教授などを経て95年より現職。専門は金融論、日本経済。95年全国銀行学術研究振興財団賞受賞。主な著書に『現代の金融入門[新版]』(筑摩書房、2010年刊)。
Photo by Masato Kato

 はなはだ芳しくない状況が、1990年代から続いている。この長期停滞のダメージは全国民に広く薄くしわ寄せされるのではなく、特定の層に集中している。たとえば、雇用システムの硬直性ゆえに、非正規雇用者や若年層が追い詰められ、それが日本社会の不満、閉塞感を高めている。

──長期停滞の根本原因は何か。

 90年代以降、日本経済を取り巻く国際環境が劇的に変化した。冷戦が終わり、新興諸国が勃興、グローバル資本主義が地球を覆った。競争力を増した韓国や中国が日本を追い上げた。日本は、高機能・高価格商品による差別化戦略で対抗した。2000年代に入って、米国に旺盛な需要が起こり、その戦略は一時成功した。トヨタ自動車の生産台数世界一達成が象徴だ。

 だが、リーマンショックで暗転する。米国1国に世界中のカネとモノが流れ込んだグローバルインバランスの是正が始まった。米国、欧州の高価格商品市場は一気に縮小し、いまや、アジアのボリュームゾーン、普及品市場が主戦場だ。

 そうなれば、戦う土俵は韓国、中国勢と同じでコスト競争になる。消耗戦だ。その結果日本に、賃金に強い押し下げ圧力が働いている。経済が活性化するはずがない。

 日本が世界に誇る大型輸出企業が、こうして競争力を低下させた。他の国内産業の競争力や生産性はもっと低い。これが、日本経済長期停滞の根本原因だ。

実力は40点という
不都合な真実

──日本全体の競争力が落ちているということか。

 日本経済の実力そのものがへたっている。本来は産業構造を転換、高度化し、製造業中心から知識集約型中心への脱皮を図るべきだった。韓国や中国の一歩先を行く産業構造への転換は、15年ほど前からの課題だった。だが、日本社会は結局それをできなかった。

 もはや日本の潜在成長率が1%前後でしかないことは、コンセンサスだ。テストの点数にたとえれば、日本経済は40点しか取れなくなっている。体調を崩して40点しか取れないのではなく、もはや40点の実力しかないのだ。

──だが、デフレを長期停滞の主因とする見方が再び強まっている。

 公式定義では、デフレは消費者物価指数上昇率が前年同月比マイナスの状態を指す。だが、人によってさまざまな意味を込められ、いまや日本経済の芳しくない状況を象徴する言葉となっている。

 景気回復は09年春頃から緩やかに持続しており、また、デフレも続いてはいるが、急激に悪化したわけではない。それにもかかわらず、デフレ脱却が再び叫ばれ出したのは、長期停滞になんの手も打たれていない現状へのいらだちからであり、それは政治の機能不全と明らかに相関関係がある。