平日は都会で働き、週末は田舎で過ごす。東京生まれ、会社勤め、共働き、こども3人。「田舎素人」の一家が始めた「二地域居住」。彼らが田舎で見つけた古民家を、買っても後悔しないと思えた理由とは?新しい暮らし方として今、大きな注目を集める『週末は田舎暮らし』から一部を抜粋して紹介する。
◆これまでのあらすじ◆
東京生まれ、会社勤め、共働き、こども3人。「田舎素人」だが、「二地域居住」に憧れる一家。彼らは夢の田舎暮らしを始めるために、神奈川、千葉の不動産屋を歩き回り、ようやく「運命の土地」にめぐり会う。しかし、それは想像を絶する広大な「農地」だった……。
運命の土地
分からないことだらけの物件探しで学んだことは、「分からないことは不動産屋さんに直接質問するに限る」。すぐさまこの南房総の物件に関する問い合わせフォームに、もっとも知りたかった2点を記入、送信しました。
「平坦地はどれくらいありますか?」
「農地の売買はできるのですか?」
すると、ほどなくこんな返事が返ってきました。
「平坦地は2500坪以上あります」
「農地は、物件に居住していただければ取得できます」
これを見た夫は、普段からぎょろんとした目をさらにくわっと開けて叫びました。
「おお!広いぞ!それでポルシェ価格か?現実的じゃないか。とりあえず見に行く価値はあるよなあ!」
そうだねえ、と相槌を打ちながら、わたしはでもなんとなく半身引いていました。農地って本当に住むだけで取得できるのか?“南房総市”ということは房総半島の南端、遠すぎやしないか?そして広すぎやしないか?第一、安すぎやしないか?と。わたしがもうひとつ学んでいたことは「質問への回答は、重要さも重大さも重さ半減で表現されている場合が多い」ですから。
「まあでもさ、見るだけ見てみようよ。何しろ、8700坪だぜ!インフラ完備だぜ!」
お金に目が眩む人はよくいますが、これまで「使用可否不明井戸あり上水なし」や「廃屋あり現状渡し」の物件を見続けているためか、広さだとか、インフラだとかに目が眩む夫。まあ、百聞は一見にしかずです。
早速不動産屋さんとアポをとり、現地へと向かったのは、翌々日の早朝のことでした。この日はまず、仲介の不動産事務所で待ち合わせ。聞けばこの物件、売り主さんが月に数回来て農地や家の管理をしているらしく、「鍵をあずかっていますんで、家の中にも入れますよ」とのこと。本当に即入居が可能なようです。
それから、あのー、わたしたち農家じゃないですけれども、”本当に”農地を買うことができるんですか?と一番気になることを直接確認すると、「宅地のようにすぐに登記できるってわけにはいかないんですがね、まあ段取りを踏めば大丈夫ですよ」と、さらり。
さらりと言われたからといって、さらりと進むわけないんだよな、だいたい段取りってなんだろうと訝りつつも、「とりあえず細かいことは、土地を見てみてからお話ししましょうか」とおっとり笑う不動産屋さんの赤い車についていきました。
鋸南町にある事務所を出発し、南房総市へと向かいます。物件のある場所は、市町村合併前は「三芳村」と言われていたとのこと。ああ、「村!」という響きにキュンとしちゃう。
きっと「村!」にはこどもたちが一日中駆けまわって遊べる山があり、川があり、生きものがたくさんいて、「田舎のおばあちゃんち」があって……畑をつくって、釣りをして、星を見て……いいぞ、田舎のおばあちゃんはいないけれど、そんな家での暮らしはできそうだぞ……タイトな物件探しでげっそり失われつつあった田舎暮らし妄想が、久々にむくむく湧いてきます。
ロードサイドに店がなくなり、次第に田園風景へと移りゆく様に、わたしたちは心を奪われました。山あいの平野部に広がる田畑は「村!」という響きにぴったり。まるでジブリの映画のワンシーンのように美しくひなびた風景で、気分は次第に上がっていきます。
「うわぁ……時代が違うみたい。ここが東京の隣の県って驚くねえ」
「本当に。三芳村って有機農法で有名なところらしいね。あ、花卉のビニールハウスもある」
これまで見てきた物件はどちらかと言うと辺鄙な場所の雑種地ばかりだったので、農地としてまっとうに「働いている土地」というのがなんだか立派に見えます。農業をナリワイとしている人々が守っている土地。憧れのような、畏れのような気持ちを抱きながら車窓を眺め続けました。
「平久里川」という細い河川に沿った県道を行き、ほどなくその川をひょいと渡り、車二台はちょっとした山あい(ほんとうにちょっとした山です)の小さな集落の中に入っていきました。
青々と光る田んぼの間を縫って、右に曲がり、左に曲がり、もうどこに向かって進んでいるのやら方向がまったくわからないというほど奥まで続く農道をのぼりつめていくと、行き止まりに雨戸の閉じた人家が一軒、建っていました。不動産屋さんの赤い車は、その家の前にすっと停まりました。