グーグル、マッキンゼー、リクルート、楽天など12回の転職を重ね、「AI以後」「人生100年時代」の働き方を先駆けて実践する尾原和啓氏。その圧倒的な経験の全てを込めた新刊、『どこでも誰とでも働ける』が発売直後から大きな話題となっています。

今回より、同書の刊行を記念して、リクルート時代をともにした起業家・けんすう(古川健介)氏との対談をお届けします。なおこの対談は、尾原氏がカナダのバンクーバーで開催されたTED 2018から帰国したその日の深夜に都内某所でおこなわれました。(構成:田中幸宏/撮影:疋田千里)

行動しない若者が増えている1つの理由

尾原 けんすうはいつも心の友だから、こうやって改めて向かい合うと妙な感じがするけど、今日、個人的に聞きたかったことがあって。この数カ月、Q&Aが流行っていて、けんすうもずっと「Peing 質問箱」の質問を受け付けていたでしょ。ずいぶんたくさん答えていたみたいだけど。

けんすう たぶん3000、4000件くらいは返したと思います。なんとなく、質問が来たら答えないといけない気分になるんですよね。

尾原 1日20件以上のハイペース! もともと相談を受けるタイプでしたか?

けんすう ぼくは匿名掲示板のころからめちゃくちゃ質問に答えていましたね。

尾原 それだけ相談に答えていると、いまの若い人たちの傾向がわかったりしませんか?。若い人たちは今、こういうことで悩んでいるとか、こんなアドバイスが響くみたいとか。今日は、そういう生の雰囲気を聞きたいなと思っています。

けんすう 一番多いのは「何かしたいけど怖いです」「やりたいけど踏み出せません」という、いわゆる「行動しない系」の相談です。

 特に多いのが、「(会社を辞めるのは)上司から逃げだと言われます」みたいな質問ですね。実際にその行動をしたことない人に相談して、否定されて悩んじゃっていたりします。そういう質問には「やってみないとわからないことは、とりあえずやってみればいいんじゃない?」と言ってます。

 もちろん、何かを行動するにはリスクがあるのですが、行動をしないことにもリスクがあります。リスクは避けるものではなくて、管理するものだと思っているので、リスク管理をしつつ行動することをおすすめしています。

起業家・けんすうが、リクルートに入社してすぐに意識したことけんすう(古川健介)
1981年6月2日生まれ。2000年に学生コミュニティであるミルクカフェを立ち上げ、月間1000万pvに成長させる。2004年、レンタル掲示板を運営する株式会社メディアクリップの代表取締役社長に就任。翌年、株式会社ライブドアにしたらばJBBSを事業譲渡。2006年、株式会社リクルートに入社、事業開発室にて新規事業立ち上げを担当。2009年6月リクルートを退職し、ハウツーサイト「nanapi」を運営する株式会社ロケットスタート(のちに株式会社nanapiへ社名変更)代表取締役に就任。


尾原 リスクの話もあると思うけど、行動をしなくなっている理由として、行動しなくてもわかった気持ちになってしまっているというのはあるかも。

 博報堂で若者の研究をしている原田曜平さん(@YoheiHarada)からおうかがいした話ですが、カップルに海外旅行についてインタビューさせていただいたときに、彼氏が「ハワイは全然つまらない」と言うから、「じゃあ、行ったの?」と聞くと、「いや、行っていないです」と。「じゃあ、どうしてつまらないのの?」と聞くと、「YouTubeやグーグルで見たから」と答えたそうです。ネットである程度できちゃうから、ネットで済ませてしまってリアルで行動しない人が増えている。

けんすう たしかにぼくも、ウユニ塩湖とか行ったことないのに写真で見すぎて、もう知っている感じしちゃいますね。ちなみに、海外旅行のラジオ広告は効果が高いという話を聞いたことがあります。

 ふつうに考えたら、動画や写真があったほうが旅行にいきたくなるような気がするけど、それを見てしまうと行った気になって「こんな感じね」と思ってしまうのかもですね。それよりも、言葉だけで「ヨーロッパの風が吹く街並みを……」と言われたほうが、想像できるからときめくという話です。

尾原 クラシコムの青木耕平さん(@kohei_a)は「北欧、暮らしの道具店」を「日めくりカレンダー」だとおっしゃていました。ぼくなりに解釈するとウェブサイトには、スタイリッシュでミニマルで自分を持っているという北欧っぽい暮らしをしたい人たちが見に来てくれるわけですが、それと同じことが北欧に行ったからといって体験できるわけじゃないんですよね。むしろ、「北欧、暮らしの道具店」の記事や写真を見て、「私も北欧っぽい暮らしをしている」と想像できれば、それでOKというところがあります。

けんすう 「北欧の暮らし」というフィクションを提示してあるだけで、実際の「北欧の暮らし」を知っているわけではないので、雰囲気でやっているのがいいんでしょうね。

尾原 雰囲気でいたほうが居心地がいい時代だから。

けんすう Howを知りすぎると、想像できちゃうから、別にやらなくてもいい、という気分になってしまうという話なのかなと思いました。

尾原 なるほどね。詳細なHowがあると、やった気になってしまって人が行動しなくなる。

けんすう 堀江裕介さん(@santamariaHORI)がやっているクラシルという料理動画サービスが好きなんですが、見ているだけで楽しいんですね。ただ、すごいテンポのいい料理の作り方動画を見てしまうと、作った気になって満足しちゃう(笑)。

 なので、むしろ、「ヨーロッパの風」とか「北欧の暮らし」みたいに曖昧で想像に任せるほうが、ときめきはあるのかもしれないですね。

「ミーティングするから尾原を呼ぼう」
「炎上したらけんすうを呼ぼう」
となったらしめたもの

尾原 ちなみに、今日の対談の目的は、『どこでも誰とでも働ける』という、ぼくが最近出版した本の紹介のための記事です。

 これは、どうやってチャンスを増やすかというやり方をまとめた本です。行動をするのにあたって、最初の一歩をどうやって踏み出すか、何をすればいいのかをわかりやすいHowに落としています。とにかく、行動をすることのハードルを下げることを意識しています。

けんすう でも、さっきの話では、Howを説明しすぎるとやった気になってしまうので、そういう本にしないほうがよかったんじゃないですか? わかりやすく書けば書くほど、やった気になって、行動しなくなってしまうかもしれませんよ。絶版しましょうよ。

尾原 もしかしてこの本は逆効果ですか!(笑)。ただ、旅行だと、たしかに行ってみないとわからないというほうが興味を引くかもしれないけど、仕事が違うのは、「やったつもり」になっても何も身につかないわけで。実際にやってみて、そこで蓄えたものがその後の人生の糧になります。

起業家・けんすうが、リクルートに入社してすぐに意識したこと尾原和啓(おばら・かずひろ)
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレイトディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)、Fringe81(執行役員)の事業企画、投資、新規事業などの要職を歴任。現職の藤原投資顧問は13職目になる。ボランティアで「TEDカンファレンス」の日本オーディション、「Burning Japan」に従事するなど、西海岸文化事情にも詳しい。著書に『ITビジネスの原理』『ザ・プラットフォーム』(NHK出版)、『モチベーション革命』(幻冬舎)などがある。


 結局、この本で書いたのは何かというと、要するに、「人より珍しくなるためにはどうするか」ということです。人より珍しければ、誰かがありがたがってくれて、誰かがお金を払ってくれるから。

けんすう たしかに旅行だといかなくてもそんなに問題はないけど、仕事をやった気になってしまうとやばいですよね。そして、レアな存在になるのはめちゃくちゃ大事だとぼくも思います。30代くらいの人の質問で多いのが、「どんなスキルを身につけたらいいですか?」という質問です。よく、アプリのプロデューサーとかに「どんなスキルを身につけたらいいですか?」「10年後に残っているスキルは何ですか?」と聞かれたんですけど、そもそもアプリのプロデューサーという職業は10年前になかったですよね。

 ということで、結局「どんなスキルを身につけるか」は予測が難しいので、そこを追求するよりも、オリジナリティを目指さないとダメかなぁ、と思っています。

尾原 20代に足腰を鍛えておいたほうがいいのは、オリジナリティを追求するためには、遠くまで歩いていくだけの体力が必要だからです。人の信頼を勝ち得るために、メールに返信できるとか、スケジュール通り動けるとか、基本的なスキルを高めておく必要があるわけです。でも、30代になってくると、そういうスキルはすでに身につけたものとされて、あなたのオリジナリティは何ですか? ということが問われてくる。

けんすう ぼくがよく話していたのが、転職ではなく、自分がフリーランスになったと仮定して、「どんな場面に呼ばれると思いますか?」ということです。どんなちっちゃなことでもいいんです。たとえば、コンビニアイス研究家のアイスマン福留さん(@iceman_ax)は、対象はすごく狭いけど、テレビでコンビニアイス特集をやるときに呼ばれる。そういうところから考えるといいのかなと思います。

尾原 人から呼んでもらえるという意味では、ぼくの原体験は阪神・淡路大震災のときのボランティアです。震災ボランティアというと、ものすごく特別な存在に見えるかもしれないけれど、実は、一番役立ったスキルは、リアルタイムで議事録が書けるということでした。ただでさえ混乱している現場に、いろいろな人が集まって、あーでもないこーでもないと話し合っても、何も残らずに終わることがけっこうあった。その中でぼくだけが議事録が書けたので、「ミーティングに尾原を呼ぶと、ミーティングが終わった瞬間にTo Doリストが全部整理されているから便利だ」ということで、あちこちから呼んでもらえるようになりました。

けんすう 議事録を書けるという能力は結構重宝されますよね。そして、一見下っ端ぽい仕事に見えますが、議事録をまとめる人は、議論の方向性をコントロールできたりするので、実はおいしい仕事だと思います。

尾原 自分にとっては当たり前のスキルでも、場所によっては、ものすごく珍しいスキルになるわけです。議事録を書けることやプロジェクトマネジメント、もしかしたらきれいな写真を撮れることも含めて、自分の中にあるスキルが、別の場所では意外と珍しがってもらえるかもしれません。

けんすう リクルートに入社して1週間くらい経ったとき、「何が強いのかを一言で言えるようにしよう」と先輩に言われて、「2ちゃんねるとか炎上に詳しいキャラにしよう」となりました。ぼくは匿名掲示板を自分で立ち上げていたので、「炎上したらけんすうを呼ぼう」という立ち位置を与えられて、社内のいろいろなところから呼んでもらえるようになりました。そうすると、コミュニティ・ビジネスをやろうという時にも呼ばれますし、ネットの投稿が問題になったときも呼ばれるようになるので、社内に人脈もできます。

 こんな感じで、ニッチでも社内で一番だと言えるようになると、チャンスは広がりますよね。

起業家・けんすうが、リクルートに入社してすぐに意識したこと


尾原 けんすうは、学生時代に立ち上げた会社をライブドアに売却したあと、わざわざリクルートに新卒としてふつうに入ってきたという珍しい人です。リクルートには3年いたっけ?

けんすう 3年いました。新卒でリクルートに入って3年いましたというと、まともな人っぽいじゃないですか。ぼくはどこかで食いっぱぐれるなと思っていたので、「大学を卒業してちゃんと3年働いていたんです」と言えるように。それはすごく意識しました。

尾原 ぼくも最初にマッキンゼーを選んだのは、とりあえずマッキンゼーに入っておけば、あとはどうにでもなると思ったからです。学生時代は中古車のブローカーとか家庭教師の派遣をやったりして、大阪では羽振りがよかったけど、この先どう転ぶかわからないから、マッキンゼーという場所にいけば「見晴らしがよくて」いろんな可能性がみえるし、なにより肩書がほしかった。

けんすう マッキンゼーというだけで、頭いいんだろうなというのはありますよね。

尾原 転職10職目でグーグルを選んだのも、8職、9職目でわりと専門的なところを極めに行っていたから、履歴書を並べてみたときに、そろそろ「わかりやすい会社」に一回行っておいたほうが、「尾原はこんなに転職しているけど、グーグルに入っているから、まともな人に違いない」と思ってもらえるかなと(笑)。

けんすう 尾原さんって見た目も怪しいですし、話してみても怪しいですんですが、「マッキンゼーのあとにグーグルに行った」と聞くと、大丈夫な人かなという感じがしますよね。しかも、それはグローバルで通用しますし。

尾原 そ、そんなに怪しい……?

(続)

※この対談は全5回を予定しています。第2回はこちら