中国上海浦東新区の金融センターには超高層ビルが林立している。5月12日に出張で同地区を訪れていた。ビルを見上げながら、弊社グループの中国人スタッフに「地震がきたら怖いだろうねえ」と聞いたところ、「中国で20数年暮らしましたが、一度も地震を感じたことがありません。先週の東京の地震(注:震度2)は死ぬほど怖かったです」と答えていた。

 そんな会話の1時間後に四川省で大地震が起きた。上海は震源地から1500キロメートル程度も離れているにもかかわらず、ビルによっては高層階が大きく揺れた。筆者は幸い1階にいたので感じなかったのだが、上層階に行っていた弊社グループの役員は揺れが大きく、かつ時間が長かったため、「もうダメか」と一瞬覚悟したという。

 その数日後に、中国大手銀行の複数のエコノミストに中国経済の見通しを聞く機会があった。いずれも地震によってインフレが高まるリスクを警戒していた。

 4月の中国の消費者物価指数(CPI)は前年比+8.5%に達した。インフレを牽引しているのは食品(+22.1%)、特に食肉(+47.9%)である。食品を除けばインフレ率は+1.8%とまだ低い。しかし、その数値は、この半年ほどのあいだジリジリと上昇してきた。

 中国当局は、豚肉の増産などの影響でいずれインフレ率は低下してくるはずと期待していたが、4月CPIはショッキングな数値だったようだ。地震がなければ中国人民銀行は、1~2ヵ月以内に金利引き上げを決断せざるをえなかったのではないかと推測している。

 そのタイミングで地震が起きた。四川省は農産地であり、インフレ率を押し上げる恐れがある。しかしながら、地震の被害が目先の成長率を押し下げるリスクもある。下落トレンドがいったん止まっていた上海株価指数が再び不安定になれば、消費者マインドに悪影響を及ぼすかもしれない。中国のエコノミストの大勢は、基本的に中国経済に楽観的だが(北京オリンピック需要の反動は限定的と見られている)、地震の影響を見極めるまで慎重なスタンスを取るだろう。

 人民銀行にとっても政策運営上の不確実性は高い状態にある。為替市場介入で散布している流動性が過剰にならないように「不胎化」しなければならないが、引き締め過ぎも危険だ。また、FRBの大幅な利下げによって中国の金利は米国よりも高くなっている。ドルを大量に保有している人民銀行は収益上苦しくなっている。人民銀行は、インフレ、地震被害、米中金利差など多くのポイントに目を配らなければならない。

(東短リサーチ取締役 加藤 出)