【第22回】 2009年08月20日
「努力」に価値を置く危険性――「ウツ」を生み出す精神的母体
――「うつ」にまつわる誤解 その(22)
「努力することにこそ価値がある」という考え方は、私たち日本人の精神性に奥深く浸透しているものの1つです。
しかし、「うつ」に苦しむ人々の多くは、元来、意志力の強いタイプで、発症以前には人並み以上に「努力」を重ねてきた歴史を持っているものです。意欲がなくなり活動性が低下してしまう「うつ」の症状は、「努力」に価値を置いて生きてきたことへの大きな反動、と見ることもできます。
「うつ」が急増している今日、私たちにすり込まれている「努力」信仰とでも言うべき価値観について、その病理性を明らかにすることは、治療上も予防の観点からもとても重要なことだと考えられます。
そこで今回は、この「努力」信仰の価値観が持つ問題点について考えてみたいと思います。
「努力」した人が成功する、という誤解
ある野球少年が、毎日熱心に日が暮れるまで練習をしていました。そして、その野球少年は、後々、大リーグで活躍するほどの選手にまで成長したとしましょう。
その近所に住んでいた家族がこんな会話をしています。「○○君は、毎日欠かさず日が暮れるまで努力したからこそ、あそこまで成功したんだ。やっぱり、人一倍努力した人間が最後には勝つんだ」
しかし、当の本人にこの話をぶつけてみると、意外にもこんな反応が返ってきました。「いや、僕は人一倍努力をしたという自覚はありません。ただ野球が好きで、もっとうまくなりたいという一心で、やりたいからやってきただけなんです」
これは他愛のないフィクションに過ぎませんが、様々なジャンルで活躍している人たちの発言をいろいろと総合してみると、かなりこれに近い現実があるように思えるのです。つまり、本人にとって「熱中」と呼ぶべきものを、ともすると、傍で見ている人間が「努力」と誤って見てしまうのではないかということです。
子供が砂場で日が暮れるまで砂の城を作ったり、ゲームを徹夜でクリアしたり、エレキギターの練習に夢中になることは、周りからは滅多に「努力」と呼ばれることはありません。しかし、ことこれが勉強やスポーツのトレーニング、ピアノやヴァイオリンの練習などの場合には、たとえ本人にとっては「熱中」と呼ぶべき内実だったとしても、周囲からは一律に「努力」として捉えられがちな傾向があって、周囲の見方とはこのように当てにならない偏りを持っているものなのです。
「努力」と「熱中」の違い
その人間がどのような資質を持っているかによって、同じことをしてもそれをどう感じるのかは大いに違ってきます。
生まれ持った資質にかなうことであればそれを面白いと感じ、資質の乏しいことについては苦痛に感じるように人間はできています。
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著者プロフィール
- 泉谷閑示
(精神科医)
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒。東京医科歯科大学医学部付属病院医員、(財)神経研究所付属晴和病院医員、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法を専門とする泉谷クリニック院長。著書に『「普通がいい」という病』(講談社現代新書)と最新刊の『「私」を生きるための言葉』(研究社)がある。
「泉谷クリニック」ホームページ
この連載について
いまや8人に1人がかかっているといわれる現代病「うつ」。これだけ蔓延しているにもかかわらず、この病気に対する誤解はまだまだ多い。多数の患者と向き合ってきた精神科医が、その誤解を1つずつひも解いていく。
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