仕事がアイデンティティになっている人ほど、仕事に対する評価が自分の価値そのものだと捉えがちである。組織の中で果たすべき役割と自分自身を切り離せないと、職場での失敗やトラブルでより傷つきやすくなるが、それは健全な状態とはいえない。


 ジェイクは3歳。疲れていて、早く母親が迎えに来て、抱っこしてくれたらいいのにと思っている。

 でも、いざ母親のケイトが現れると、ジェイクは大暴れしてしまった。「もう大丈よ」と、ケイトは優しくなだめ、歌を口ずさみながら息子を抱き上げようとした。ジェイクは頭を後ろに反って身をよじり、母親の腹部にキックをお見舞いした。

 たいていの場合、ケイトはこの癇癪が自分に向けられたものではないとわかっている。「ママ」は幼児に蹴られるもの。それは母親業の一部だ。

 だが、職場でキックを食らうと、そう簡単には割り切れない。ミーティングで自分の書いた報告書が批判されたりすると、つい個人的に受け止めてしまう。「ケイト」という人間と、「シニアアナリスト」という役割は違うのだということを、つい忘れてしまうのだ。

 仕事で受けたキックを、自分個人に対する批判と受け止めると、そこから立ち直ったり、物事の全体を見たりするのは難しい。そのキックが、組織のダイナミクスや課題の表れだとは考えられなくなる。

 組織における役割は、ビジネスパーソンの重要な基礎をなす。その役割が任務をもたらし、他人や組織との関わり方を決める。ところが組織における役割に、自分自身(経験や専門性、能力、知識、努力、個性、情熱など)を投入しすぎると、その役割と自分の区別がつかなくなってしまう。

 この現象は、「オン」の状態が続き、仕事から完全に離れることがほとんどないときに起こりがちだ。

 自分がその役割を担っているのは、組織やグループのために任務をやり遂げるためだということを忘れてしまう。組織の課題を冷静に分析し、自分の仕事と役割を、大きなパズルの1ピースだと考えることができなくなる。自分がいるシステムを大局的に見られなくなり、自分が職場で起きるドラマの主人公のように感じる。

 すると、適切な判断力が低下し、批判や決定をますます自分個人に向けられたものだと考えるようになる。仕事上の役割と自分の価値を混同し、自分の価値や意義は、組織における役割によって決まると思うようになると、このパターンは一段と悪化する。

 自分の役割と自分自身を切り離して考えることは、極めて重要だ。自分の役割が他人にどう見られているかを客観的に考えずに、その役割にのめり込むと、困ったことになりかねない。

 自分が受けてきた教育、専門知識、才能、そして情熱のすべてを職場の役割に投入すると、大いにやりがいを感じられるかもしれない。しかし、職場の仲間が反応しているのは、彼らの職場にいるあなたの役割に対してであって、必ずしもあなた個人(しかも 、あなた自身が思うほど興味深くも、思慮深くもない人間かもしれない)ではない。

 そこで、ハーバード・ケネディ・スクール・ポリティクス・アンド・パブリックポリシーでリーダーシップを学ぶ学生たちが、自分の役割と自分自身を切り離して考えるのを助けるなかで、私が得たインサイトの一部を紹介しよう。