「それは、日本の転職市場がずっと『キャリアビルド』と『キャリアゴール』という2層構造で動いていたからです。20代の転職が前者であり、いわゆる就活をロングタームで行うようなものですね。そして、35歳までにはキャリアゴールを意識した転職をしないといけないとの思い込みがありました。『グローバルなビジネスを自らつくり上げるような仕事をしたい』『脱炭素の中でも水素についての研究開発で貢献できるエンジニアになりたい』といったキャリアゴールを自ら設定して、35歳までに動くというわけです」
こうした35歳転職限界説も、今や過去のものになりつつある。「キャリアエクスプロージョン」ともいうべき3層目の転職市場の出現である。
「現在では経営はもちろん、マーケティングやブランディングなどでスペシャリストとして評価されてきた人材が、また別の会社に請われて移っていくという転職市場が形成されつつあります。かつてのような2層構造ではなく、転職市場が厚みのある3層構造になってきているのです」
かつて35歳以上、40〜50代の転職にはリストラに伴うネガティブなイメージが付きまとっていた。そうではなく、積み上げたキャリアで何をなすかにフォーカスするポジティブな転職市場がもっと育ってくれば、日本は変わるだろうと鈴木氏は展望する。1層目の「キャリアビルド」、2層目の「キャリアゴール」で人生は終わりではない。その会社をゴールと決めて落ち着き、しぼんでいくのではなく、積み上げてきたキャリアを「エクスプロージョン(爆発)」させて、自らの思いと能力を社会に力強く還元していく3層目こそが、ビジネスパーソンの一生を意義深いものに変えていくのではないだろうか。
「1層から3層までの転職市場がしっかりと厚みを持って形成されてくれば、この30年間に日本が起こすことができなかったイノベーションを起こすことにもつながっていくでしょう。イノベーションが起きない理由の一つは、これから成長すべき新しい産業に優秀な人材が移っていく流れができていなかったこと。イノベーションを阻害する大きな要因として、これは間違いないものだと思います」
今後、日本で働く人、そして企業が世界を驚かすイノベーションを起こしていくためには、30代以上の雇用の流動性が絶対的に必要となるのだ。
「この2020年代、環境が整いつつあります。その理由としては、自身が転職に慣れた世代が経営層に入ってくるようになってきていることも挙げられます。今の50代の経営者が30代だった2000年代から転職市場は活発になってきましたから。彼らは、今の60代の経営者が30代だった1990年代とは明らかに違うフェーズを経験してきています。そうした経営層が立てる人材戦略に期待したいですし、転職希望者の皆さんの奮起にも期待したいところです。転職市場のさらなる活性化、転職希望者の皆さんの奮起によって、日本の未来が変わると言っても過言ではないでしょう」
●プロフィール
鈴木貴博◎百年コンサルティング代表。東京大学工学部物理工学科卒。ボストン コンサルティング グループ、ネットイヤーグループを経て2003年に独立。情報分析や業界分析に強く、未来予測やイノベーション分野を得意領域とする。一方で雑学にも強く、経済エンタテナーとして各方面に寄稿。経済クイズ本『戦略思考トレーニング』シリーズは、20万部を超えるベストセラーに。