ダイバーシティ経営は、企業存続を懸けた喫緊の課題。今すぐ具体的な対策が必要だ法政大学
キャリアデザイン学部
武石恵美子教授
たけいし・えみこ/茨城県生まれ。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省(現厚生労働省)、ニッセイ基礎研究所、東京大学社会科学研究所助教授を経て、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門は人的資源管理論、女性労働論。『キャリア開発論』(中央経済社)など著書多数。

もちろん、ただ雇うだけでは効果はありません。多様な人材が活躍できる環境整備が一番大切です。多様性を受け入れ、さまざまな人が安心して発言したり、行動したりできる職場風土の構築が必要となります。これがインクルージョンです。忘れてはならないのは、「多様性を受け入れそれを活かす」ということです。

例えばいわゆる男性社会の価値観や仕組みを変えなければ、女性はその能力を十分に発揮することができません。インクルージョンというのは、個々人の独自性の価値が認められ、所属しているという実感が持てることです。人材を会社の色に染めるのではなく、その人が持つ色のまま働けるようにしなければなりません。 

そのために必要なのがエクイティ(Equity)です。耳慣れない言葉かもしれませんが、これは「公平性」を意味しています。平等(Equality)との違いを、ゴルフで考えてみましょう。ハンディのないゴルフは、「平等」かもしれません。しかし、それでは仲間と一緒に楽しんだり、対等に勝負したりすることはできません。この場合、ハンディは公平性、つまりエクイティを担保しています。前提条件が異なる場合に、同じスタートラインに立てるように条件を整える必要があるということです。

そもそも、多くの職場では、女性と男性では能力を発揮できる状況が実質的に同じではないのです。

同期入社で同じスタートラインに立っているようでも、上司の部下への育成姿勢は男女で異なることが少なくありません。結婚・出産をすると女性の背中には、「仕事」に加えて、「家事」「出産」「育児」が載せられていきます。「仕事」だけを背負って軽々と走っていく同期の男性の背中を見ながら女性も必死で走ります。しかし気が付いたら、今度は「介護」まで載せられている……。背負っているものが多過ぎるし、重過ぎる。これでは対等な競争などできません。早々に競争から離脱する人もいるでしょう。

ダイバーシティ経営のために推進する施策に対して、「それは女性優遇だ」という不満が出ることがありますが、その前に、そもそも不平等な状況の下で競争をしているということを、背中の荷物が軽い人々は気付かなくてはならないのです。

「頑張って」だけでは不十分。具体的な対策を

女性が活躍するためにまず必要なのは、周囲の理解です。

キリンホールディングスで行われた「なりキリンママ・パパ」は、参考になる試みです。選ばれた社員は「保育園の子どもがいる」という設定で1カ月を過ごします。するとある日突然、架空の「◯◯保育園」から「お子さんが熱を出したので、お迎えに来てください」と電話がかかってきます。そうなると「ママ」や「パパ」はとにかく帰らなくてはなりません。ちなみに◯◯には社長の名前が入るというのもユニークですし、これは「トップ主導で行っている」という意志を伝えることにもなっています。

このように「子育てをしながら働く」という体験をすることで、その状況を実感をもって理解することができるわけです。このような深い理解がないと、時に「配慮し過ぎ」という問題も起こります。女性側はしっかりと働きたいのに、周囲が「大変だから」といって極端に仕事を減らされてしまうケースがあります。配慮のし過ぎも、活躍したい女性にとっては困ることの一つなのです。子育て社員の置かれている状況の多様性への理解も求められるのです。