自社の成功パターンを海外に適用する場合、現地文化に合わせての調整や変更が求められる。そこでカギとなるのが、双方の橋渡し役となる優れたグローバル人材を見つけることだ。異文化への対応法に焦点を当ててきた本連載で浮かび上がるのは、この「文化コネクター」という存在の重要性だ。


 中国にいるアーロンは、おそらく人生で一番重要となるプレゼンテーションの場へと向かっていた。ニューヨーク市のローワー・イーストサイドで開発中の高級マンションを売り込むためで、プレゼンの相手は中国人の投資家たちだ。アーロンは長年ニューヨークで不動産開発業者として活躍してきたが、このところ、高額物件の顧客を探すのに苦労していた。そして中国の富裕層による海外投資について調べ、中国進出を決意する。商品はすでに手元にある。2棟の豪華な新築ビルだ。これから必要なのは、中国の新富裕層にビッグ・アップル(ニューヨーク市の愛称)のひとかけらを買いたいと思わせることだけだ。

 この3カ月間、アーロンは過去に奏功してきた検証済みのマーケティングのアプローチを、中国向けに微調整して用いてきた。流暢な中国語を話すアメリカ人を非常勤スタッフとして雇い、中国の企業と富裕層の人たちに電話勧誘をかけた。上海では、これから開催する説明会のために最高級のホールを押さえた。食事や飲み物、会場の飾りつけのために選りすぐりのケータリング会社と契約し、地元のメディアには軒並み声をかけた。

 売り込みではあらゆる側面に焦点を当ててきた。ニューヨークの魅力。ベテラン開発業者としての手腕。そして何より重要なことだが、投資の価値――ニューヨークへの投資はいまが絶好のタイミングであること、そしてこのホットな新築物件は、金銭的な利益に加えて「体面」にもプラスとなることを強調した。ホームランを確信したアーロンは、直前に大皿料理を50皿追加注文したほどだった。念には念を、というわけだ。

 ところが――。イベント当日、リムジンで乗り付けたアーロンは目を疑った。ホールには満員の予想に反して人影がまばらで、8人しかいない。おまけに全員とても若そうに見える。思わず腕時計を見直すが、時間に間違いはない。慌てて広報担当に電話をかけた後、考え込んだ――「いったい何がまずかったんだ?」

 実のところ、まずいことだらけだった。

 アーロンが犯した最初のミスは、アメリカでのベスト・プラクティスが文化を超えて通用すると考えていたことだ。社会風土やビジネス風土、歴史的枠組み、言語といった違いを考えれば、それはありえない。説明会への参加をすべての人々にオープンにしたのも、彼にしてみれば当然だった。これは賭けなのだから、できる限り大勢の潜在顧客に手を伸ばしておくのは正しいはずだ、と。

 ところが、そうではなかった――少なくとも中国では。皮肉なことにここでは、網を大きく広げれば広げるほど、大きな魚を釣り上げる可能性は低くなる。中国の人々、特に「新富裕層」と呼ばれる人たちに関心を持ってもらうには、排他性が必要だ。中国という高度のタテ社会では、自分たちは高いステータスに見合った特別な機会のために選ばれたのだ、と思わせる必要がある。アーロンは結果として、図らずもブランドの値打ちを下げてしまい、手腕を発揮できなかったのだ。