ハーバード・ビジネススクールは2014年6月、他校のムーク(MOOCs:大規模公開オンライン講座)とは一線を画す、独自のクローズドなオンライン教育プラットフォーム「HBX」を開設した。ポーターの推すHBS型、クリステンセンの推すウォートン型など、教授陣の間でも意見は分かれているが、ゲマワットはムークの意義をより大局から語る。

 

 ビジネス教育の楽園で、論争の種が持ち上がっている。

 最近のニュースによると、ハーバード・ビジネススクール(HBS)でムーク(MOOCs:大規模公開オンライン講座)をめぐって大きな意見の対立が生じているという。ご存じない方のために説明すると、ムークとはインターネットを通じて授業が行われる講座で、通常はだれでも受講できる。なお、公正を期すためにお伝えしておくと、私は最近IESEビジネススクールで、オンライン教育のプラットフォームであるコーセラを利用したムークの講座を担当した。加えて、私はHBSの卒業生であり教授を務めていたこともある。したがって、けっして中立的な立場にあるとはいえない。

 しかし、これまでムークについて書かれているものの大半――大学にとって是か非か、大学を廃業に追い込むのかという問い――は、的外れである。これからの教育は、古いものと新しいものの戦いではなく、両者の融合なのだ。

 ムークをめぐる見当外れの論争は、HBSとペンシルバニア大学ウォートン・スクールのアプローチを比較すること自体に表れている。HBSは既存のムークのプラットフォームは利用せず、独自のプラットフォームの構築に大きく投資することを決めた(2014年6月、HBXを開設。有料で、まずは同校の一部の学部生のみが対象)。戦略の大家で同校教授のマイケル・ポーターは、HBSのこのやり方こそが正しいと信じている(英語記事。ポーターは、HBSの既存の戦略を損なわない形でムークを展開すべきだと主張し、現在の講座を一般公開することに異を唱えていた)。

 対照的に、イノベーションの大家でやはりHBSの教授であるクレイトン・クリステンセンは、コア科目の内容を基にムークの講座をつくったウォートン・スクールのアプローチを推奨する(講座を広く一般に公開すべきとするクリステンセンは、HBXを「破壊ではなく持続的イノベーションにすぎない」と述べている)。

 自分が20年以上も教鞭を執ってきたHBSの戦略について、2人の旧友のどちらかに肩入れするのはきまりが悪い。しかし、その必要もない。HBSもウォートンも、やり方はそれほど間違っていないからだ。しかし両者とも、重要な要素を欠いている。

 HBSの独自のプラットフォームは、同校の既存の指導対象ではないグループ――MBA入学前の学部生たち――をターゲットにしている。一方でウォートンのモデルは、同校の調査によると「従来のビジネススクールの授業には手が届かなかった人たちを惹きつけている」という(国外在住者、失業者、高等教育の機会に恵まれないマイノリティなど)。つまり両校ともムークを、既存の教育の代替ではなく、補完手段としているということだ。そしてその補完は、実際の教室で得られる体験とは切り離された形となっている。

 この点から想起されるのが、書店のバーンズ・アンド・ノーブル(B&N)が1990年代に直面したジレンマである。ちょうどアマゾンがオンラインで本を売り始めた頃だ。B&Nが実店舗でのサービスを補完するために、オンラインのチャネルを素早く立ち上げたことは評価できる。しかし重要なポイントは、オンラインの事業を組織的にもオペレーションの面でも、実店舗と切り離していたことだ。同社は単に2つのチャネルを持っただけで、オペレーションをまったくリンクさせなかったのである。