アドビでイノベーションに取り組みたい社員は誰でも、「キックボックス」と名付けられた赤い小箱をもらえる。その中には、アイデアを着想し、プロトタイプをつくってテストするのに必要なものが揃っている(チョコレートからクレジットカードまで)。同社はこれによってイノベーションを「民主化」し、「無数の小さな賭け」を可能にしているという。

 

 あなたの会社はイノベーションを必要としているだろうか。ならばキックボクサーの集団を育てればいい。

 いや、ご想像とは違うほうの話だ。

 アドビシステムズは最近、イノベーションを自社の内側から促進するためのプログラム「アドビ・キックボックス」を立ち上げた。キックボックスとは厚紙でできた小さな赤い箱で、その中には社員が新しいアイデアを生み出し、試作品を作り、検証するために必要なものがすべて詰まっている。同社によれば、キックボックスは「イノベーターの能力を高め、イノベーションを加速し、イノベーションの成果を測定可能な形で向上させるように作られている」という(英語サイト)。

 箱の表面には火災報知器が描かれ、「火事になったらレバーを引いてください」ならぬ「アイデアが湧いたら開けてください」と、気の利いた言葉が書かれている。シールを開封して箱を開けると、中には次のものが入っている。説明書、ペン、付せん紙2組、ノート2冊、スターバックスのギフトカード1枚、チョコレートバー1つ、そして(何より重要なものとして)1000ドル分のプリペイド式クレジットカード。社員はこのカードを必要に応じて自由に使うことができ、使用目的の説明も経費報告書の提出も不要である。

 説明書は6段階の活動行程から成っており、1つずつクリアしていくことで目標を達成できる仕組みになっている。各レベルには課題とチェックリストが設けられている。一連の課題はまずアイデア出し(レベル1)から始まり、最低100人のユーザーを対象とした小規模な検証(レベル5)まで進む。レベル6の課題は経営幹部へのプレゼンだ。これを最終行程にした狙いは、アイデア創出のプロセスを「民主化」することにある。多くの組織では、試作品の予算を得るためには最初に幹部を説得しなければならないため、最も創造性に富んだアイデアでも試されずに終わってしまうことがある。このありがちな問題をアドビは恐れたのだ。

 拙著『どうしてあの人はクリエイティブなのか?』で述べたように、多くの組織はイノベ―ションを意図せぬうちに殺している。アイデアがいくつもの階層で承認を得ないと投資に至らないからだ。このやり方はコスト管理の面では有効だろう。ところが、ペンシルバニア大学ウォートン・スクール元助教授のジェニファー・ミューラーの研究が示すとおり、ほとんどの人は画期的なアイデアに対して負の偏見を抱くのだ。この研究では、人は新しくてクリエイティブなアイデアが欲しいと言いながらも、不確実性を伴う状況でそれらを提示されると、斬新なアイデアほど低く評価しがちであることが明らかになった。