負の感情やストレスは、まるで副流煙のように周囲の人々へと伝わる。他者のストレスに自分が感染すれば、パフォーマンスに悪影響が及ぶ。この「セカンドハンド・ストレス」の原理と予防法を、ポジティブ心理学の第一人者が示す。

 

 過去10年ほどの間に、人間の脳が情動感染(emotional contagion)を受ける仕組みが明らかになってきた。まるでワイヤレス・ネットワークのように人の感情を他者に伝染させるのは、脳のミラーニューロンだ。この微細な神経細胞のおかげで、私たちは他者の感情を理解したり共感したりできる。誰かのあくびが目に入ると、ミラーニューロンが作動して自分もあくびをしたくなる。部屋の反対側にいる疲れた様子の人を見ると、自分の脳もその疲れを感知する。

 しかし、伝染するのは微笑みやあくびばかりではない。ネガティブな感情やストレス、不安なども、まるで副流煙のように取り込んでしまうのだ。カリフォルニア大学リバーサイド校の研究者ハワード・フリードマンとロナルド・リジオは、次の発見を報告している。みずからの不安を言葉や非言語的態度で強く表現している人が視界に入ったとき、自分も同様の感情を経験する可能性が高く、それによって脳のパフォーマンスが悪影響を受けてしまうという(英語論文)。

 ストレスを感じている他者、特に同僚や家族を目にすると、神経系に瞬時に影響を受ける場合がある。別の研究グループによれば、被験者の26%が、ストレスを感じている人を見ただけで自身のコルチゾール(ストレスホルモン)のレベルが高まったという(英語論文)。この「セカンドハンド・ストレス」の感染力は、見知らぬ他者からより恋人からのほうが強かった(40%)。だが、見知らぬ他者がストレスにあえいでいる映像を見たときも、24%の人がストレス反応を示した(このため、幸福に関する研究者である我々は、寝る前にサスペンスドラマ「ブレイキング・バッド」を見るべきか否か迷ってしまう)。

 タクシーに乗ったとき、運転手がイライラしてクラクションを鳴らすと、そのイライラがあなたに伝染して職場にまでつきまとうことがある。上司が慌てながら部屋に入ってくると、そのストレスが自分に伝染して、その上司に意見を報告するときに影響を受ける。ガラスの壁で仕切られた別々のトレーディングルームで働く銀行員は、他部門の誰かがパニックになっている様子を見るだけで、言葉は聞こえないのに同じパニックを感じることがある。

 米国ストレス研究所の研究員で、『いつもストレスを抱えているのは、ストレスがないと不安になるからだ』の著者ハイディ・ハナによると、セカンドハンド・ストレスは「置かれた環境での潜在的脅威を察知する生来の能力」に由来する。

 ハナは次のように述べる。「ある人が部屋に入ってきただけでストレスを感じる、というような経験は誰しもあるはずだ。これはその人との過去のやり取りによって形成された条件反射かもしれない。しかし、それとは別に、相手の心拍数や呼吸速度といった生体力学的リズムの微妙な変化が、エネルギーとなってこちらに伝わっている可能性もある」。同じ職場で働く人々の、ほんの些細な変化であってもセカンドハンド・ストレスが生じるきっかけになり、それが大きな影響を与えることもあるのだ。

 それどころか、ストレスを感じている他者の言動を見聞きしなくても、そのストレスに感染してしまう場合さえある。嗅覚も原因になるからだ。最近の研究によれば、人はストレスを感じるとアポクリン汗腺から特殊なストレスホルモンを分泌し、それが他者の嗅覚を刺激するという(英語論文)。さらに人間の脳は、ストレスの高低に応じて発せられる「警報フェロモン」の有無を(嗅覚を通して)感知できるようだ。他者のネガティブな感情やストレスは、職場でこちらの机まで文字通り“漂ってくる”というわけだ。

 他者から受け取るネガティブな感情は、私たちの仕事や教育における測定可能なあらゆる成果に悪影響を与えうるということが、研究の発展に伴いわかってきた。最近では、ストレスは細胞レベルにまで影響を及ぼし寿命を縮めることが明らかになっている(英語論文)。

 筆者の1人エイカーが『成功が約束される選択の法則』で述べているように、リッツ・カールトンやオクスナー・ヘルスシステムズのような企業は、セカンドハンド・ストレスの悪影響を認識し、顧客や患者のいる場所では従業員に負の感情を表出させないよう義務づけている。ストレスや不満で煮えくり返っている看護師を目にした患者は、それに感染し、自分のケアを評価する際に反映してしまう。トム・ラスが『幸福の習慣』で示しているように、ポジティブ思考は良好な健康状態と常に相関するという事実もある。

 人や物事が密接につながり合う現代の職場では、私たちはかつてないほど他者に触れる機会がある。そのため、ネガティブな感情やストレスがますます伝染しやすくなっている。ニュース記事やソーシャルメディア上でのネガティブなコメント。経済ニュース番組で映される、不安気なボディーランゲージ。地下鉄や飛行機に同乗する疲れ切った人々。仕切りのない大広間のオフィスで目にする同僚たちの仕草。これらに触れるたびにストレスをもらってしまうのだ。