11月10日、永田町の衆議院第1議員会館の地下1階にある大会議室──。情報通信議員連盟に属す若手議員や有力アナリストなど300人を超える聴衆を前にして、ソフトバンクの孫正義社長が「わが国の情報通信戦略について」と題した講演を行った。異様な光景だったのは、若手議員たちが孫社長の熱っぽい演説に感激し、次々と握手を求めていたことである。
講演の内容は、最近の孫社長が主張している「光の道」構想、すなわち「2015年までに、全国の家庭に100%光ファイバー網を敷設しよう」というものだ。
この構想の大元は、政権を取る前の民主党に、ソフトバンクが持ち込んだ「光の国ジパング構想」であるが、民主党が政権を取ってからは原口一博総務大臣の時代に“国策”に格上げされた。
当初の案は、全国に光回線を張り巡らすための費用として約4兆円を国家が負担することになっていた。それが現在、NTT東西のインフラを切り離して「光回線公社」を立ち上げ、肩代わりさせるという計画にすり替えられた。
そのことの是非は措くとして、菅直人政権発足前の原口総務大臣時代の“肝煎り政策”だったことにより、今日に至るまで総務省が主導する「有識者会議」(分野別のタスクフォース)でNTT分割も含めた議論が続けられてきた。
もっとも、抜群のプレゼン能力で鳴らす孫社長は、NTTには情報公開を突きつけつつ、自らに都合の悪い質問ははぐらかし続けた。そんな我田引水の姿勢は、総務省や有識者会議の理解を得られず、四面楚歌の状態に陥っていた。
にもかかわらず、監督官庁のトップと事業会社社長という間柄ながら、新しい日本の建設のために立ち上がったという原口前総務大臣と孫社長の2人によって、「光の道」構想は“政治主導”で強引に進められた。有識者の多くが疑問を唱えるも、最終的には次期通常国会へ提出される法案に化けた。
しかしながら、この11月22日に開催予定の有識者会議で、片山善博総務大臣に答申案が出されて、「光の道」の議論が頓挫してしまいそうな雲行きなのだ。今回、孫社長が若手議員らを前に講演したのは、まさにこうした劣勢からの巻き返しを図るためと見られる。
孫社長は、NTTの広告宣伝費をメディア対策費と言い換え、天下りの慣行を癒着構造と断じ、目の前の若手議員には「(そういう者たちに与しないように)アジっておく」とまで言ってのけた。
講演を主催した情報通信議連の会長は、ほかならぬ原口前総務大臣だ。議員立法に持ち込み、再び「光の道」を表舞台に立たせようとの算段かもしれない。孫社長は、ツイッターやインターネット中継を通して大衆に呼びかけるのも得意技。先週も、4つの全国紙に意見広告を出し、緊急テレビ出演も果たした。そうした姿は“世直しのヒーロー”に映る。
ただ、これらの大衆扇動的な手法は、少々“やり過ぎ”の感が否めない。総務省や業界に根深い不信感を払拭するには逆効果になりそうである。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 池冨仁)