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いま世界の哲学者が考えていること
【第7回】 2016年9月26日
著者・コラム紹介バックナンバー
岡本裕一朗

IT革命が生み出した「見世物」社会――シノプティコンとは何か?

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世界の哲学者はいま何を考えているのか――21世紀において進行するIT革命、バイオテクノロジーの進展、宗教への回帰などに現代の哲学者がいかに応答しているのかを解説する哲学者・岡本裕一朗氏による新連載です。いま世界が直面する課題から人類の未来の姿を哲学から考えます。9/9発売からたちまち重版出来の新刊『いま世界の哲学者が考えていること』よりそのエッセンスを紹介していきます。第7回はIT革命が生み出した新たな「監視社会」の正体について解説します。

現代の世界は「自動監視社会」なのか

IT革命はいまや確認するまでもありませんが、人間の生活のありようを大きく変えていっています。最近、日本では「マイナンバー制」が導入されましたが、その社会的、政治的、文化的な意味については、あまり注目されなかったように感じます。一部では現代のマイナンバー制が「ビッグ・ブラザー」に連想される「監視社会」を生むという意見もありましたが、世界の哲学の水準では決してそのようには捉えられない問題のように思います。

そもそも「監視社会」という言葉を哲学において鮮明に打ち出したのは、フランスの哲学者ミシェル・フーコーの『監獄の誕生─監視と処罰』(1974年)でした。フーコーはこの書で、イギリスの功利主義哲学者ジェレミー・ベンサムが考案した監獄「パノプティコン(一望監視施設)」にもとづいて、近代社会のあり方をパノプティコン社会と見なしたのです。
このパノプティコンを、フーコーは次のように説明しています。

(パノプティコンは)塔のてっぺんからそれを囲んで円形に配置された囚人用監房を監視するといった建築プランで、逆光になっているので相手に見られることなく、中央から一切の状況や動きを監督できるというものです。権力は姿を消し、二度と姿を現さないが、存在はしている。たった一つの視線が無数の複眼になったも同然で、そこに権力が拡散してしまっているわけです。

このパノプティコン社会を理解するとき、重要な特徴が二つあります。一つは「監視する者」と「監視される者」の非対称性です。「監視される者」は常に見られ、その行動が詳細に記録されます。それに対して、「監視する者」は、姿を消し相手からは見えません。そのため、人々は監視の目を常に意識し、生活することになります。

もう一つの特徴は、「監視」によって人々が規律訓練(あるいは調教)されることです。いつでも監視されているという意識があるために、人々は秩序を乱したり、自分勝手な行動をとったりしなくなるのです。

フーコーの「監視社会」の概念は、発表された当時(1970年代)としては、きわめて斬新に見えました。ところが、現代の状況からすると、そのままでは古く、いろいろ手直しが必要になります。
その一つが、「デジタル化」の問題です。フーコーのモデルでは、監視の技術はいわば「アナログ」的なもので、記録も文書によって蓄積されていきます。ところが、現代社会では、生活がすっかりデジタル化されてしまいました。

こうした状況を踏まえて、アメリカのメディア学者マーク・ポスターは『情報様式論』(1990年)のなかで、フーコーのパノプティコンを現代風に読みかえて、「スーパー・パノプティコン」という概念を提唱しています。

たとえば、パソコンやスマートフォンは言うまでもありませんが、その他私たちの日常生活のほとんどが、デジタル情報テクノロジーにもとづいています。買い物をするときのクレジットカード、銀行を利用するときのキャッシュカード、電車に乗るときのパスモやスイカなどの電子マネー、音楽を聴くときのiPad、クルマに乗るときのカーナビなど、あらためて指摘するまでもないでしょう。

このようなデジタルテクノロジーの特質は、使っている人に「監視されている」と意識させないことにあります。分かりやすい例として、Amazonで本を購入する場合を考えてみましょう。ご存じのように、Amazonで本を検索したり、買ったりすれば、その次にオススメの本が紹介されることになります。

つまり、購入者の興味や関心に見合った本を紹介するのですが、これが可能なのは、購入者の情報がチェックされ、記録されていくからにほかなりません。しかも、紹介された本を見て、「ああ、そんな本もあったんだ」と、つい買ってしまうこともたびたびですから、まんまとAmazonの戦略に乗せられてしまうのです。

フーコーの場合には、たとえ不可視であっても、「監視する者」が向こう側に控えていました。また、「監視される者」は、個人的に特定され、その人の情報が蓄積されていくわけです。

ところが、現代のデジタルな監視では、「監視される者」が誰であるかは問題になりませんし、監視はいわば自動的に行なわれていくのです。ある意味では、問題がなければ、「監視される」という意識は生じないでしょう。支払い能力のある人であれば、クレジットカードを自由に使えますが、そうでない場合には使用が禁止されるだけです。

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岡本裕一朗[玉川大学文学部教授]

1954年、福岡に生まれる。九州大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。九州大学文学部助手を経て、現在は玉川大学文学部教授。西洋の近現代思想を専門とするが、興味関心は幅広く、領域横断的な研究をしている。
著書に、『フランス現代思想史―構造主義からデリダ以後へ』(中公新書)、『思考実験―世界と哲学をつなぐ75問』『12歳からの現代思想』(以上、ちくま新書)、『モノ・サピエンス―物質化・単一化していく人類』(光文社新書)、『ネオ・プラグマティズムとは何か―ポスト分析哲学の新展開』『ヘーゲルと現代思想の臨界―ポストモダンのフクロウたち』『ポストモダンの思想的根拠―9・11と管理社会』『異議あり! 生命・環境倫理学』(以上、ナカニシヤ出版)、共著に『ヘーゲル入門』(河出書房新社)、『差異のエチカ』(ナカニシヤ出版)、共訳にトマス・ネーゲル『哲学ってどんなこと?―とっても短い哲学入門』(昭和堂)などがある。


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