経営×統計学

【新刊無料公開】
『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第2章 人事のための統計学(1)

優秀な人は採れてますか?

ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

 職場の上司や同僚、部下の能力について悩みを抱えるビジネスマンは少なくない。全てのビジネスは人によって営まれ、ゆえに彼らの能力如何によって大きく収益性が左右される。しかし、あなたの会社はどれほどこの点について真剣に考えているだろうか? 多くの日本企業は人材に関してほとんど何の分析もしないし、採用や研修の方法を見直したりもしない。ただ横並びに、今まで通り、定型的な活動を繰り返すのみである。だが、経営学者や応用心理学者がこれまでに明らかにした研究成果に基づき適切にデータを分析すれば、どのような人材がこの仕事でより収益をもたらすのか、すぐに明らかになるはずである。

「戦略よりも人材」という真実

データ分析を駆使すれば、どのような人材がこの仕事でより収益をもたらすのかが、明らかになるはずだ

 バーニーをはじめとする経営学者に言われるまでもなく、従業員の能力が業績を左右するということぐらい、多くのビジネスマンはすでに知っているはずである。

 優秀な営業スタッフとマーケターを揃えて適切にマネジメントすれば営業力は高まる。優秀なリサーチャーとエンジニアを揃えて適切にマネジメントすれば技術開発力は高まる。優秀なサービススタッフを揃えて適切にマネジメントすれば顧客の満足度とロイヤルティは高まるだろう。これは調達、製造、物流といったプロセスについても同様であり、やはり優秀なスタッフを適切にマネジメントすることができれば、それだけで収益性は向上するはずである。

 逆に、いくら新しい経営手法やツールを導入したところで、そもそもの人が変わらなければ、それほど大きな効果はもたらさないかもしれない。たとえば経営学者でもあり企業のコンサルティングも行なうスタンフォード大学教授のジェフリー・フェファーは次のような彼自身のコンサルティングの経験を著書の中で紹介している。

 フェファーに対してコンサルティングの依頼をしたのは、アメリカ市場でまったく売上が伸びていないことを悩んでいた医療画像器具メーカーである。彼らは当初、ビジネスモデルや経営戦略をどうすればいいかについて、フェファーの助けを求めた。だが、フェファーの提案は「戦略について悩む前に、営業部門のスタッフについて見直してみたらどうでしょうか?」というものだった。このアドバイスに従い、この会社が実際に営業部門のトップを優秀な人物に替え、彼のもとで働くスタッフももっと優秀な人材を採るようにしたら、たった1年で売上が20%も成長するほど激変した、というのである。

 これはフェファーの「経験と勘」というだけの話ではない。アメリカの心理学者フランク・シュミットとジョン・ハンターは1998年に、過去85年にわたる人材の採用に関する定量的な研究を徹底的に収集・分析する画期的なシステマティックレビュー論文を出版した。

 彼らによれば、上位16%以上の優秀な従業員は、平均的な従業員と比べて、特に専門性を必要としない仕事でさえも生産性が19%ほど高い。これが専門性を要求する仕事や管理職になれば48%も高いという結果が示されているのである。

 すなわち、もしあなたの上司が日本国内において「平凡な管理職」であったのだとすれば、これを優秀な人材に変えるだけで、あなたの部署の生産性は1.5倍ほどに伸びるのかもしれない。

 このほか、プログラマーに関する調査で、最も優秀なプログラマーはダメなプログラマーの10倍、平均的なプログラマーと比べてさえ5倍もの生産性を示すという調査結果も存在している。優秀な人材を採用できるかどうかという問題は、これだけのインパクトをもたらすのである。

 だが、頭でわかっているかどうかと、実際にその行動をできているかどうかは別の話である。あなたの会社は優秀な人材を採用するために、いったい何をしているだろうか?

 たとえば付き合いのある人材サービス業者に言われるまま、就職イベントや転職イベントに出展し、ウェブサイトに求人を出す。場合によってはリクルーターを使って彼らの出身大学の学生に声をかけたり、エージェントを使って中途採用の候補者を探す。そしていざ彼らが志望してきたら、書面で志望動機とこれまでの経歴を確認し、適宜筆記試験や何度かの面接を受けてもらう。おそらく皆さんの会社では、人事を中心にして毎年行なわれるそういった作業が、優秀な人材を採用するためのプロセスの全てではないだろうか。

 それで、その結果はいかがだろうか? ここで社内の自分のデスク周辺を思い返していただこう。もしそこに座っている全ての人が、会社の収益にこの上なく貢献できる優秀な人材ばかりであり、各々がその能力を最大限活かして会社がどんどん成長している、というのであればこの章を読む意味はないかもしれない。

 一方、ため息をつきたくなるほどドン臭い部下や同僚、あるいは理不尽で非生産的な上司、という人々のせいであなたの仕事が邪魔されてしまっているのだとしたらどうだろう。基本的にはそうした部下や上司もあなたと同様、同じようなプロセスを経て採用すべきと判断されたはずである。だとするならば、こうしたプロセスは果たして優秀な人材を採用するうえで機能していると言えるのだろうか?

科学的なエビデンスに基づくGoogleの採用プロセス

 実際のところ、多くの企業は毎年多大な労力をかけて採用活動を行なっている割に、その成果を振り返ることは少ない。たとえば、採用した人材がどれだけ社内で利益をもたらしたのか、利益をもたらす人間とそうでない人間の違いはどこにあり、どのような採用プロセスを取ればより良い人材を多数採れるのか、きちんと考えている企業というのはごく限られている。

 だが、そのごく限られた企業の1つにGoogleがある。Googleの人事トップであるラズロ・ボックがその著書で述べていることだが、たとえばGoogleは基本的に外部の求人サイトを使わない。Googleの存在感がまだ薄い国に進出するときを除けば、基本的に人材斡旋会社も使わない。面接で「あなたの長所は何ですか?」といったどうでもいい質問はしない。また、名門大学として有名なアイビーリーグの大学を平凡な成績で卒業した者よりも、州立大学をトップの成績で卒業した者を優先して採用する。なぜか。実際に採用に関わるデータを分析した結果、そうしたほうがより少ない手間で、優秀な人材を採用できるとわかったからである。

 代わりに彼らが用いるのが、従業員に「優秀な知人」を紹介させることであり、紹介された人材に対する科学的なプロセスでの選考である。

 たとえば面接にあたって、回数は何回あれば十分か、どのような仕事を担当する人間に対してどのような質問をするべきか、社員のうち誰が面接者として「見る目がある」かというところまできっちりと管理されている。それ以外に、技術者には必ず、入社後担当するであろう仕事の一部をサンプルとしてやってもらい、そのクオリティを評価するワークサンプルテストも行なう。またGoogle独自の一般認知能力テスト(いわゆるIQテストのようなもの)の成績もあわせて評価される。また時に彼らは一度不採用となった応募者のエントリーシートに対してテキストマイニングを行ない、場合によっては再び声をかけて採用し直す、といったことすらやる。

 Googleの採用プロセスが科学的なのは、単にワークサンプルテストや独自の認知能力テスト、テキストマイニングを使っているから、というわけではない。その背後には科学的なエビデンスがあり、実際のデータをもとに「どうすればもっと優秀な人材を、少ない手間で採用することができるのか」というトライアンドエラーを常に繰り返しているからである。

 彼らはこうした活動を長年続けており、その結果得られた優秀な人材が、Googleを大きく成長させる新しいサービスを生み出したり、検索の精度や処理速度といった既存サービスの大きな品質向上を生み出している。Googleが過去に遂げた大きな成長のいくばくかは、間違いなくこうした人材に対する科学的アプローチが支えているはずである。

ただの「面接」はあまり役に立たない

 ラズロ・ボックらがGoogleの採用プロセスを考える土台にあるエビデンスの中には、もちろん先ほどのシュミットとハンターによる論文も含まれる。この論文が示したのは、すでに言及したような、ただ優秀な人材と平均的な人材の生産性がどの程度異なるかという話だけではない。どのような選考方法の結果がその後の生産性や業績とどれほど関連するのか、図表2‐1のように過去85年間もの研究を整理したのである。なお、イメージしやすいようにもともと相関係数で示された結果を二乗して決定係数に直してある。

 たとえばこの中で最も高いワークサンプルテストの決定係数は0.29と示されているが、これは要するに、採用後の業績のバラツキのうち29%ほどをワークサンプルテストの成績が説明する、ということである。ワークサンプルテストの成績だけではわからない、何かその後の業績に影響する要素はもちろんあるにしても、採用後の業績の3割ほどは予想がつくのだ。

 一方、多くの会社で行なわれる、ただの面接(非構造化面接)ではその半分以下である14%の業績しか予想できない。もし同じだけの手間をかけるならどちらを行なうべきか、というのは自明であろう。

 これ以外に一般認知能力テストと、きちんと質問内容が設計された構造化面接なら採用後の業績を26%ほど説明する。またこの表の中には示さなかったが、ワークサンプルテストと一般認知能力テストを組み合わせると採用後の業績の40%もが説明できるそうである。

 このようなエビデンスに基づき、Googleは構造化面接、ワークサンプルテスト、一般認知能力テストを組み合わせて採用する方針をとっている。そして、面接では誰がどのような質問をしてどう評価するか、とか、一般認知能力テストとしてどのような問題を解かせるべきか、といった点について科学的なトライアンドエラーを行なうようになったのである。また、従業員からの紹介を重視する点についても「同僚からの評価」の説明力が高い(24%)ということが関係しているのかもしれない。

 シュミットとハンターによる論文は、85年間もの長期にわたる選考方法について評価しているため、中には現代の我々に馴染みのないものもあるが、どんな仕事や教育を何年経験したか、という経歴の評価や、これまでに受けた教育の年数(要するに高卒か大卒か修士卒か博士卒かという学歴で差がつく)、どのような職種に興味が向いているかという興味テスト、筆跡鑑定、年齢といったものはほんの数%ほどしかその後の業績を説明しない。

 要するに、現在日本企業の多くで行なわれるような、「若いし高学歴だし以前も似たような仕事を経験しているみたいだし、すごく興味を示して意欲的だから他の欠点には目をつぶって採用しよう」というような判断は、Googleのようなやり方と比べてあまりうまくいかないであろう、ということがこの論文からは示唆されるのである。

 さて、ここまでの情報をインプットした状態で、改めて皆さんの会社の採用プロセスを思い返してほしい。仮にまったく同じ就職希望者のリストがあったとして、おそらくGoogleは皆さんよりも高確率で優秀な人材を採用することができるだろう。こうした差は少しずつ、だが着実に企業の成長性に影響してくるはずだ。皆さんの会社がなぜGoogleのように成長したりイノベーションを起こしたりできないのか、という答えの1つは、Googleほど良い人材を社内に確保できていないから、ということになるだろう。

 だが、そもそもの就職希望者自体、世界中で最も優秀な層がGoogleに集まる。今のGoogleはある意味やりたい放題、最も贅沢な人材の取捨選択をできる立場にある。だからこのようなやり方は自分の会社に当てはまらないのではないか、という反論も当然考えられるだろう。

 たとえば日本の人事で広く用いられている一般認知能力テストと言えばリクルートの提供するSPIテストがある。確かにSPIテストの成績が良い学生を採用できれば高確率で高い業績を示すのかもしれないが、SPIで好成績を収めるような若者は、ほとんどが有名大企業に取られてしまうじゃないか、という悩みを抱えている企業も少なからずいるだろう。こうした企業は優秀な人材を採用するための努力をあきらめるしかないのだろうか?

 その答えはノーである。そしてその理由を理解するためには、IQのような一般認知能力テストの成り立ちと、経営学の領域で発見された状況適合理論という考え方を知る必要がある。一言で言えば、状況適合理論とは「適材適所」ということであり、「広く一般に優秀な人間」ではなく「どのような状況ではどのような人材のほうが良いということになるのか」を考えるという方向に、経営学者の関心はすでに移っている。

 次節から、Googleほどには恵まれていない皆さんの会社でも可能な限り良い人材を採用できるよう、これらの考え方を学んでいこう。

「経営×統計学」



西内 啓(にしうち・ひろむ)

東京大学医学部卒(生物統計学専攻)。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、現在はデータを活用する様々なプロジェクトにおいて調査、分析、システム開発および人材育成に従事する。著書に『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。


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