『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(KADOKAWA)を上梓した森岡毅氏と『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)を上梓した佐渡島庸平(twitter:@sadycork)氏。
二人がはじめて出会い「エンターテインメントにとってマーケティングとはなにか」について語り合った。
これまで「勘やセンス」に頼りがちだったエンターテイメントの世界をマーケティングの力で成長させることは可能なのか――。まさにユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をマーケティングの力でここまでにした森岡氏と、仕組みによって作家の世界を広げることに挑戦している佐渡島氏との語らいは必然的に熱いものとなった。
1時間ほどの予定だった対談時間は、ゆうに3時間を超えた。今回の連載ではその「おいしいところ」をお届けする。
(編集協力:佐藤智、写真:塩谷淳)
「仮説」を立てるための「確率論」
佐渡島 『確率思考の戦略論』、読ませていただきました。
出版業界のビジネスモデルが大きく変化しているなかで、私の会社「コルク」では、もう一度作家が作品作りに集中できる市場環境を作りたいと思っています。この新たなビジネスモデルを作るというのが仕事だと思っているんです。
これまでは、出版社は雑誌という媒体を作り、雑誌ごとに各編集部が「知を共有化」して、新人を育てていました。この仕組みが成立しているときは、作家を売り出すことがスムーズだった。しかし、現在ではこの雑誌という「単位」でのビジネスの維持が難しくなっている。それならば、新しくまた仕組みを作らないといけないだろうと思ったわけです。
ちなみに、僕が講談社にいたときには、「編集者っていうのは、人間力だ」と。「仕事を教えることは無理だから、先輩の背中を見て学べ」と言われていました。しかし、私は「そうではないだろう」と思ったんです。
森岡 寿司屋の修行と同じですね(笑)。
佐渡島 そうです。
私は編集者として、特別なことを行ってきたわけではなく、当たり前のことを積み重ねてきました。その「当たり前」のことを分解していくと、他人も真似できるようになるのではないかと考えたんです。汎用化できると、強いですよね。
森岡さんの『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(角川文庫)では、この概念について「リアプライ(アイデアなどを再活用すること)」という言葉で表現していますね。それを読んで、さまざまな産業の中から「リアプライ」できるものを抽出し、コルクの編集者の力として応用できないかと考えています。
いま、会社全体の仕組みは、実はマッキンゼーを参考にしようと考え、研究しています。特殊な能力や最前線で経営を経験した人にしかできないと言われてきた経営コンサルタント業務を、どのように新入社員でもできるように汎用化しているのか。
マービン・バウワーがマッキンゼーに取り入れたその変革を、うちの会社に取り入れると何が起こるのかとトライアルしているんです。
森岡 社内のあらゆる場面で、リアプライを試みているんですね。
佐渡島 そうですね。
さらにいうと、世の中にマーケティング部はたくさんありますが、みんな真の意味での「マーケティング」をしていないのではないか。マーケティング部が「勘所よく、売るために頑張っている人たち」になってしまっている(笑)。
森岡 外れてないですよ、その通りだと思いますね。
佐渡島 『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』や『確率思考の戦略論』を読んで、「あ、ここまで戦略が立っていると、いろいろな仮説が立てやすいな」と思ったんです。
コルクでは、作家ごとに物販を行っています。『宇宙兄弟』で、ヘアピンを作ってみたり、ルームウェアを作ってみたり。しかし、「いくつ売れるか」という予測がまったく立てられない。さらに、どういった宣伝が正しいのかもぜんぜん見えない。それで、ほんとうのマーケティングを学びたいと思い、ここに伺ったというわけです。
森岡 ありがとうございます。
マーケティングというと、統計学のビッグデータを分析するのが仕事だと思われてしまっている節があります。でも、実はそうじゃない。
あくまで最初に「仮説ありき」なんです。何を達成しなければいけないのかという目的は、自分の中からしか生まれてこないはずです。で、それが達成されている状態になるためにはどうすればよいかという「仮説」を立てなければいけない。その仮説を検証するために有効なのが、ビッグデータの統計学というだけ。
ビックデータって、私の中では左官屋さんみたいなイメージなんですね。塗る壁があって、デザインがあって、初めて機能する。つまりビックデータにとっても「目的」と「仮説」がなくては意味がない。その上で、データ分析という形で手を動かして、エンジニアリング(工学)的に、作り上げていくものなのです。
佐渡島 仮説がないと、意味がないんですね。
森岡 意味がないですね。
その仮説を作るために、じゃあ、何のツールが有効なのかというと「確率論」です。実は、日本では統計理論ばかり注目されて、確率論があまり注目されてこなかった。確率と統計は、双子のように言われていますが、実際に双子のように扱っている人はいないんです。
そこで、仮説を生み出すための確率論の必要性を伝えていかなければいけないと思いました。実際に、自分たちの仮説が成立する確率を、ある程度目測をつけてから、ビッグデータを分析した方が絶対に効率がいいはずなんですよ。
佐渡島 確率があってこその仮説なのですね。
森岡 はい。というわけで、確率論に注目を当てようと、今回直球ど真ん中で『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』を書きました。なかには、数学科の教授からディープなご質問を頂いたり、海外の理論物理学者の方から英語でご質問が来たりもしました。専門家にも、届いているようで嬉しいですね。そして、若い世代のなかで、確率論という道具を使いはじめるきっかけになればいいなと思っています。
一方で、数学が好きな人にしか、本の最後の方に書いたツールは使いこなせないとも思っています。ならば、なぜそんなものを掲載したのかというと、このような方法論が世の中にはあるということに、経営者のみなさんにまず気付いていただきたかったからです。その存在に気づいていただいた上で、多くの人の自己改革や組織改革の仮説につなげていけるのではないかと考えました。