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GE変化の経営
【第3回】 2016年11月29日
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熊谷昭彦

エリック・リースに学んだ「ファストワークス」
GE社員33万人に浸透するためのカギは?

GE124年の歴史で9人目のトップとなる現会長兼CEOのジェフリー・イメルトは、産業インフラ部門に集中する大規模なポートフォリオ入れ替えを進めてきました。そして、得意としてきた産業インフラ事業のハードウェアだけでなく、新たな挑戦としてそこから集めたビッグデータを分析し、産業インフラ機器をより効率的により安全に運用できるソリューションを併せて提供する“デジタル・インダストリアル・カンパニー”を目指しています。その途上では、会社を変えるにはカルチャーを変える必要があると考え、社員の意識変革にも挑んできました。社員33万人の組織でカルチャーを変えるカギは「まずトップから」にあるようです。

 まず、現在のスピード社会に併せたスピード重視の「シンプリフィケーション」というイニシアティブがスタートした。イニシアティブとは、全社共通の行動指針という意味で使われる。シンプリフィケーションの狙いは、さまざまなプロセスからできるだけムダを省き、速く決定して速く行動に移せるようプロセスを変えるところにある。

 かつてGEでは大企業病と思われるような現象も見られ、私自身も「なぜこんなに決定が遅いのか」と思うことがたくさんあった。そうした点を一掃しようと、複雑化した社内組織やプロセスの簡素化を図り、スピード重視のカルチャーに変革するよう全社員で取り組んできた。

ファストワークスで小さく早く行動する

 「シンプリフィケーション」を推進する過程で、新たなイニシアティブとして登場したのが「ファストワークス」だった。お客さまのニーズと評価を早期に取り入れ、商品化スピードを加速することが狙いである。

 ファストワークスによるものづくりでは、まずお客さまが必要とする必要最小限の製品「MVP(Minimum Variable Product)」をつくる。それを実際にお客さまに試してもらって評価(計測)してもらい、そのフィードバックをもとに新たなMVP開発につなげていく。これを繰り返すことで機能や信頼性を高めていくわけである。

 とにかく、小さく速く行動しながら調整し、どんどんアップグレードしていこうという考え方だ。

 そうしたスピード重視のやり方を徹底してきたのは、シリコンバレーのスタートアップ・カンパニーだ。これらベンチャー企業は、まずは試作品をつくってみて、顧客の意見を聞きながら調整するというカルチャーを持っている。

 そこで、イメルトは思い切って彼らから学ぼうと、イノベーションの起こし方を紹介した書籍『リーン・スタートアップ』(邦訳:日経BP社、井口耕二訳、伊藤穰一解説)の著者エリック・リースをコンサルタントとして迎え入れ、全社員の教育をやり直している。

 GEには昔から、素晴らしいアイデアであれば躊躇なく外部から取り入れて自分のものにする、というカルチャーがある。GEの品質管理の代名詞のようになった「シックスシグマ」も、モトローラが始めたものを取り入れて展開してきた。「リーン・マニファクチャリング」はトヨタから教わって展開してきた。「リーン・スタートアップ」についても、学べるものは何でも学ぼうと、それまでGEとまったく縁のなかったリースに社員研修の講師を依頼したのである。

 「ファストワークス」の考え方は、まさに単純明快だ。ともかく小さく速くスタートし、顧客に評価してもらいながら調整していく。やめる場合は、そこで思い切って撤退する。方向性を変えることで修正可能であれば、すぐさま方向転換をする。

 そうした柔軟な発想のもとで事業活動を行うわけで、社内で完璧なものをつくり上げてから世に出してきたGEのこれまでのやり方とは、まったく逆の発想である。

 社内のエンジニアたちも当初は大きな抵抗を覚えたようだが、イメルトはリースが提唱する「ピボット」という考え方を強調して全社への浸透を図った。ピボットとは、バスケットボールのテクニックで、接地した軸足をもとに、もう一本の足を巧みに動かしてディフェンスをかわすプレーである。企業戦略としてはお客さまに提供する枠組みは変えず、個々の戦略だけを機敏に変えていくことになる。どんどんバージョンアップされていくパソコンのソフトのように、最初から完璧を求めず、一度世に出してから改善を進める。安全性は担保しながら、そのやり方をタービンや医療機器のMRIなどにも適用していくのだ。

 そのためには、スピード感をなによりも優先し、変わること、変えることを恐れないカルチャーをつくる必要がある。それはある意味でものすごく大きな変革だが、それを思い切って始めた。もちろん事業によって方法を変える必要はある。安全性が最優先されるべき製品を、トライ&エラーで開発するわけにはいかない。しかし、スピード重視の考え方や、常に改善していくというマインドセットは、どの事業においても共通のスキルになる。

 まず社員に基本的な考え方を身に付けさせたあとは、それをどう取り入れるかは各事業に任されてきた。方法は事業にもよるし、国にもよるし、リーダーのスタイルにもよるだろう。どんなやり方もOKで、とにかくスピード重視、常に改善を目指すというマインドだけはもってほしいと訴えかけた。若い社員には、その自由度が心にヒットしているようである。

シックスシグマ以上の衝撃の大きさ

 GEで新しいことを始めるときに特徴的なのは率先垂範で、まずトップや幹部から始める。エリック・リースによる研修もまず幹部社員から受講した。

 最初の講義のときのことだ。GEの役員が集まったなか、リースが登場した。当時、彼はいまほど有名ではなく、私たち役員は彼のことをほとんど知らなかった。ビジネス用の服装でベテラン揃いのGE役員が勢揃いするなか、ジーンズとスニーカーの若者が演壇に立った姿を想像してみてほしい。

 彼の第一声は「これからの会社は、いま皆さんがやっているような仕事の進め方では生き残れません」だった。私を含めた役員たちは「何を言っているんだ、この若者は!」という顔になった。しかし、彼の話を聞くうちに「なるほど、そういう時代かもしれないな」という気持ちになってきた。

 彼の話の要点は次のようのものだった。

 「ともかくいまはスピード社会だ。情報はあっという間に広がっていく。皆さんがお持ちの情報も皆さんが思うほど、特別な情報ではなくなっている」

 「情報はどこにでも転がっている。問題はその調整のスピードだ。速ければ速いほど勝ちにつながる。ITのスタートアップ・カンパニーはそれによって成功した」

 「大企業であれ、テクノロジー・カンパニーであれ、スピード感を取り入れない企業は今後衰退していく」

 彼の話が終わったとき、役員たちの顔に危機感が浮かんでいたものだ。彼はその後、幹部社員向けのワーク・ショップも行っている。そのトレーニングを受けた社員はすでに数万人を超えており、ゆくゆくは全社員33万人が「ファストワークス」のトレーニングを受けることになるだろう。その普及の手順はかつてのシックスシグマのときと同じだが、私の経験からいって「ファストワークス」はGEの社員に対し、シックスシグマよりもはるかに大きな衝撃をもたらしている。

 ちなみに、エリック・リースを講師に招く直接のきっかけとなったのは、コーポレート・マーケティングに所属する社員が彼の本を読み、サイン会に出向いたことだった。その社員は彼から直接話を聞いて、さらに感銘を受けた。「いまGEに欠けているものがここにある」と感じたその社員は、上司である女性のCMO(当時)にそのことを伝え、彼女がそれをまたイメルトに話して実現したと聞いている。このエピソードから、イメルトが社員の声を広く聴くタイプのトップであることがおわかりいただけると思う。

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熊谷昭彦(くまがい・あきひこ)

GEジャパン株式会社代表取締役社長兼CEO、GEコーポレート・オフィサー(本社役員)。1956年兵庫県生まれ。79年カリフォルニア大学ロサンゼルス校経済学部卒業。三井物産入社。84年ゼネラル・エレクトリック・カンパニー(GE)入社。2001年1月日本ジーイープラスチックス社長、同年12月GE東芝シリコーン社長兼CEO。06年GEコンシューマー・ファイナンス社長兼CEO、GEコーポレート・オフィサー(現任)。07年GE横河メディカルシステム(現GEヘルスケア・ジャパン)社長兼CEO、09年GEヘルスケア・アジアパシフィックのプレジデント兼CEO。11年GEヘルスケア・ジャパン会長。13年12月より現任。


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世界最大にして最速の組織は、いかに変革を実現してるのか? 日本人唯一のコーポレートオフィサー(本社役員)が、IoT時代の勝者たる“デジタル・インダストリアル・カンパニー”実現に向けた事業戦略から組織文化に至る変革について余すところなく語り尽くします。

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