江戸期の浮世絵が
世界のクロサワを生んだ

 映画『羅生門』の冒頭シーンは、広重の雨を動画にしたといってもいいほど、雨の表現に秀でていたのである。

 大胆にいい切れば、江戸期の浮世絵という芸術が、名画『羅生門』の冒頭名シーンを創り、「世界のクロサワ」を生んだともいえるのだ。

 私は、歴史を検証するという作業に際して常に「永い時間軸」を引く重要性を説いている。
 その時間軸の上に、史実を正直に並べてみることが初歩的に重要なのである。

 私の明治維新に関する著作は、この作業を行った上で、明治維新という出来事は或いは民族としての過ちではなかったかという問題提起を行ったものである。

 もし、明治維新が過ちであったとすれば、もっとも大きな過ちは、薩摩長州人が恥じることなくいい切った「日本には歴史はない」という言葉に象徴されるように、前時代を全否定したことであろう。

 明治新政府は、旧幕臣に頼らないと統治そのものが成り立たないにも拘らず、江戸期という長期に平和を維持した時代を全否定した。江戸期の文化、習俗等々をほとんど悪として、西欧に染まることのみを「開化」としたのである。

 その結果、今こそ人類にとって必要な、さまざまな社会の構成要素が歴史の堆土(たいど)に埋もれてしまったのである。