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再起動 リブート
【第22回】 2017年2月1日
著者・コラム紹介バックナンバー
斉藤 徹

社長、事業を売却しませんか【『再起動 リブート』試読版第20回】

波瀾万丈のベンチャー経営を描き尽くした真実の物語「再起動 リブート」。バブルに踊らされ、金融危機に翻弄され、資金繰り地獄を生き抜き、会社分割、事業譲渡、企業買収、追放、度重なる裁判、差し押さえ、自宅競売の危機を乗り越え、たどりついた境地とは何だったのか。
本連載では話題のノンフィクション『再起動 リブート』の中身を、先読み版として公開いたします。


事業売却──[1999年1月]

 「社長、事業を売却しませんか」

 1998年1月から取締役管理本部長を務めていた荻野信彦のひと言だった。

 創業以来、フレックスファームは管理能力に問題を抱えていた。管理のプロフェッショナル、諸葛亮孔明はいないか。そんな僕の無理な依頼に応えて、ヘッドハンティング会社が紹介してくれた人物が荻野だった。

 荻野は日本を代表する名門繊維メーカーに入社し、人事畑を歩んで労務部長まで勤めた後、事業管財人として東北のライターメーカーを担当したという特殊な経歴の持ち主だった。僕は、一度の面談でその類まれなる経験と能力に感じ入り、三顧の礼をもって、ふた回り近く年上の荻野を迎え入れた。

 夏はTシャツに短パン、冬はダウンにセーター、ジーンズが当たり前のベンチャーに、ややよれた紺色のスーツをまとった白髪交じりの“ザ・サラリーマン”が紛れ込んできた。キーボードは人差し指でゆっくり押すのが精一杯、メールのやりとりにもずいぶんと苦労していた。大きな組織のなかで培われてきた荻野の思考や言動は明らかに異質だったが、一方で、僕たちに足りないものを多く持っていた。

 その荻野が、この経営危機を乗り切るために、事業売却というアイデアを出してきたのだ。

 「私の出身会社は、ペンタゴン経営と称して多角化経営に邁進しましたが、バブルの崩壊で経営状況が悪化しました。その時、多くの事業を分社化、または売却することで経営のスリム化を図ったのです。私の提案は、フレックスにもそのスキームを適用できないかということです」

 「なるほど、具体的に教えてください。どういうことでしょう?」

 今でこそ事業買収や売却は一般的になったが、当時のベンチャー界隈ではほとんど馴染みのない手法だった。未上場企業の事業に対する評価がむずかしく、日本ではそのノウハウが確立されていなかったことが大きな理由だろう。

 「フレックスファームは今、2つの事業を基軸としています。1つは光通信などの電話情報サービス事業、もう一つはソフトウェア受託開発事業ですね」

 「はい、その通りです。前者は社員10名ほどで約2.5億円、後者は社員25名ほどで約4.5億円の売上です」

 僕が答えると、荻野は核心に迫った。

 「光通信との事業は、フレックスにとって大切に育てるべき金の卵だと感じています。そこで提案なのですが、後者の受託開発ビジネスを、顧客や社員も含めて事業ごと他社に売却しませんか?」

 それは僕にとって、まったく想定外の発想だった。

 「事業ごと売却というと?」

 「事業は投資家から見たらお金を生み出す小槌です。マンションのような不動産と同じですね。たとえば年間1000万円の利益を生み出す事業があれば、その数倍で買いたいと考える投資家は少なくありません」

 荻野によると、事業をマンションのように「一つの投資パッケージ」として投資家に売却することが可能だという。会社自体は株式に分割して売り買いされるが、この場合は特定の事業だけを切り出して売買するということだ。彼はゆっくりした口調で説明してくれた。

 「不動産と異なり、事業には不安定要素が多くありますから、細部まで契約書で取り決めを行う必要があります。また事業売却には関係する社員や顧客の同意が必要です。その両者が賛同しなければ事業を継続することが困難になりますから。さらに、それ以外の経営資源をどうするか。たとえばバーチャルスタッフを運用するためのシステムやデータ、それらの資産もあわせて譲渡しないと買い手はイエスと言わないでしょう。加えて経営陣をどうするか、これも重要なテーマになります」

 「事業に関与するすべての人たちの合意が必要ということですね。それ以外もいろいろな付帯条件がある。しかし荻野さん、非常にありがたい提案です。僕としては前向きに進めたい。いや、全力をあげて進めたいです」

 僕の心は一も二もなく、彼の提案に傾いた。「わかりました。今、フレックスがこの危機を乗り切るための必要資金は、日本リースへの返済総額にあたる約1億円だと考えています。決して十分とは言えませんが、それがないとフレックスファームの事業は継続できないでしょう。そこから逆算して、売却ターゲット金額を1億円と定め、できるだけすみやかに事業売却を完了するのを目標としたいと考えています」

 「本当にそんなことが可能なんでしょうか?」

 僕が半信半疑で尋ねると、彼は自信ありげに答えた。

 「私は可能だと思っています。受託開発や人材派遣は地味な事業ですが、フレックスの顧客には大企業が多い。客筋がよく、安定しているのです。年間で四億円を超える売上がありますから、適正に経営すれば年間2000万円ほどの営業利益を出せるポテンシャルを持っていると考えています」

 「なるほど。バーチャルスタッフなど、他社にない特徴も、利益を生み出すエンジンになりますね」

 「はい、それも大いに強みとなるでしょう。売上や利益から割り出される予想収益を考えると、1億円という価格は決して高い買い物ではないと思います。そもそもフレックスが苦境にあるのは、過去の過大な負債を抱えているためです。それがなければ優良企業なんですよ」

 荻野は事業再生の専門家だ。ひそかに事業売却の構想を練っていたのだろう。その言葉は説得力に満ちていた。

 「なるほど。そう言っていただけると少しホッとします。しかし時間がありません。事業の売却先を探すアテはありますか?」

 「事業売却はきわめて機密性が高いので、信頼関係のある企業に内密に打診するのがいいでしょう。たとえば、取引銀行や株主、もしくは会社と関係が深い取引先などです。彼らにとってフレックスの倒産は大問題です。だから協力は惜しまないはずです」

 荻野の言う通り、彼らは敵ではなかった。僕たちが倒産すれば困る人たちなのだ。迷惑をかけているという罪悪感から、僕は彼らとの間に大いなる隔たりを感じていた。彼らの力を借りよう。味方になってもらおう。荻野の提案に感化され、僕の起業家魂に生気が宿ってきた。

 「荻野さん、このままではフレックスの寿命はせいぜい数ヵ月です。僕はこの事業売却に生き残りを賭けます。ぜひ進めてください」

 「わかりました。やってみましょう」

 まさに起死回生の一手だった。さっそく福田を呼び、構想を共有した。売却対象とした受託開発や人材派遣の事業は彼が責任者だった。そこで綿密に打ち合わせた後に、3人で手分けして事業売却プロジェクトを進めていくことになった。

 それからの荻野は、まさに獅子奮迅の働きぶりだった。

 まず、周囲を説得するための武器となる事業再生計画書の作成に着手した。ベンチャーの事業計画は壮大な夢を描いたものになりがちだが、荻野のそれはまったく異質だった。現場の意見を丁寧にヒアリングして数値計画をすべて見直し、確実に実行できる手堅い予算を組み上げた。そのうえで、現状の問題点とそこに至った経緯、課題に対する適切な打ち手を一つひとつ提示したのだ。

 事業再生計画ができるやいなや、それを片手に荻野は、株主や金融機関を片っ端から回っていった。ふだんは遥かに若い技術者に囲まれ、パソコンを前におろおろするイメージの強かったザ・サラリーマンの見違えるような働きに、僕たちは密かに舌を巻いた。

 もとより彼の職歴は並々ならぬものがあった。慶應義塾大学を卒業して日本有数の大企業に入社、その後はエリート街道をひた走り、社長へのパスと言われた同社の労務部長に若くして就任した。トップとの意見対立を機に事業管財人へと転身し、福島にある倒産企業に単身で乗り込んでゆく。それからわずか約2年で、特徴に欠ける田舎の工場を見事に再生させたのだ。高度成長期を支えた百戦錬磨の壮年ビジネスマン、その面目躍如と言っていいだろう。

 荻野のアプローチは、わずか1ヵ月で実を結ぶことになった。株主の知り合いで、中堅海運会社の社長が興味を示したのだ。荻野はその社長に焦点をしぼり、直談判を続けた。荻野と先方社長、二人の間に信頼関係が築かれたのだろう。事業売却の話はトントン拍子で進んでいった。

 ほどなくして両者におおよその合意ラインが形成されると、買い手企業が手配した監査法人によるデューデリジェンスが実行され、正式な売却金額が提示された。当初の目論見通り、総額でジャスト1億円だった。その後、社員へのインタビューが行われ、全員が事業売却に賛同してくれた。福田と2人で倒産を覚悟したあの時からわずか数ヵ月で、ものの見事に経営危機に終止符が打たれたのだ。

 すべては荻野が描いた絵の通りだった。現代に諸葛亮孔明が蘇ったかのような、実に見事な采配だった。結果だけではない。荻野の一連の行動から、僕自身も大いに学びを得た。事業売却という発想もさることながら、慎重な事業計画、誠意ある言動、次々にまわりを味方にしてゆく先導力、その背後を貫く戦略性。なによりも驚かされたのは、万難を排して商談を成立させる、その粘り強い交渉力だった。(つづく)

(第21回は2月3日公開予定です)

斉藤 徹(さいとう・とおる)
株式会社ループス・コミュニケーションズ代表 1961年、川崎生まれ。駒場東邦中学校・高等学校、慶應義塾大学理工学部を経て、1985年、日本IBM株式会社入社。29歳で日本IBMを退職。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業し、ベンチャーの世界に飛び込む。ダイヤルQ2ブームに乗り、瞬く間に月商1億円を突破したが、バブルとアダルト系事業に支えられた一時的な成功にすぎなかった。絶え間なく押し寄せる難局、地をはうような起業のリアリティをくぐり抜けた先には、ドットコムバブルの大波があった。国内外の投資家からテクノロジーベンチャーとして注目を集めたフレックスファームは、未上場ながらも時価総額100億円のベンチャーに。だが、バブル崩壊を機に銀行の貸しはがしに遭い、またも奈落の底へ突き落とされる。40歳にして創業した会社を追われ、3億円の借金を背負う。銀行に訴えられ、自宅まで競売にかけられるが、諦めずに粘り強く闘い続けて、再び復活を遂げる。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書は『BE ソーシャル 社員と顧客に愛される 5つのシフト』『ソーシャルシフト─ これからの企業にとって一番大切なこと』(ともに日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数

 

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