東京ゲームショウ2025では、新作ゲームよりストリーマーのリアルタイムプレイに人が集まっていた

――セガをはじめ日本のゲームは、国内だけでなく中国を含めた海外でも多くのファンの心をつかんでいます。そのゲーム業界ではマーケティング環境が変わっていると聞きます。最前線では何が起きているのでしょうか。

齋藤 国内外問わず、ゲームの売れ方が大きく変わったと実感しています。最近ヒットしているゲームを見ると、インフルエンサー、その中でもインターネット上でライブ配信されるゲーム実況をやっている「ストリーマー」と呼ばれる人たちの発話や発信をきっかけに、新規層やライト層が興味を持つケースが目立ってきました。

少し前まではクオリティの高いゲームを作り、発売前から広告でモメンタムをつくっていくやり方が主流でした。今やゲーマーの中ではKOC(Key Opinion Consumer)と呼ばれるインフルエンサーの発話・発信がマーケティングジャーニーの中心となっています。特にゲーム実況に力を入れるストリーマーの配信を見て、「推しのこの人が推していることをきっかけに興味を持った」という動きが潮流として大きくなっています。

小林 その変化は劇的です。2025年9月の「東京ゲームショウ2025」で印象的だった光景があります。新作ゲームの紹介ブースもさることながら、特に人が集まっていたのは人気ストリーマーがゲームをプレイしているブースでした。

セガブースでは、9月に発売した「ソニックレーシング クロスワールド」のステージで、コラボレーション楽曲を制作したプロゲーミングチーム「Crazy Raccoon」や、中国を含めたアジアのインフルエンサーを招いて、レースで競い合うところをその場でライブ配信したことで、会場に多くのファンが集まっただけでなく、全世界からも注目を集めました。

ストリーマーやインフルエンサーの影響力を改めて感じましたね。ゲームをプレイすることだけでなく、ストリーマーを通じてゲームを見ることが、ファンにとって大きな体験になっています。

齋藤 最近ヒットしたゲームも、YouTubeのプレイ動画の人気がベースになっています。ストリーマーやインフルエンサーの影響力がわれわれの想像以上に大きくなっている証しです。

沼田 同じような現象は化粧品といった他のBtoC業界でも起きていますね。化粧品のように使ってみないと効果が実感できない広義の「コンテンツ」商材は特に、先に試したインフルエンサーのレビューに触れてから買いたい、というインサイトをとらえてマーケティング構造を設計できるかがポイントとなっています。

毎年多くのタイトルが発表されるゲームでも「どれが本当に面白いか」「どんな人がそのゲームを推してくれるのか」という関心により、ストリーマーのプレイ動画からエンゲージメントが高まるのは自然なことではないでしょうか。

小林 有名なゲーマーやRPG開発者の発信に強く影響を受けるのは昔からありましたよね。「どんな人が推しているかが重要」な今、映画からマンションに至るまで、事業主の発信(オウンド)以上に、界隈のインフルエンサーが見て聞いて試して、好意が高まった発話から、ユーザーに火がつくことは日常の光景です。ファンがどんな発話に影響され、消費行動につながっていくかを、パブリッシャーが変化を観察しながら柔軟にリアクションし、適切に打ち手を変えることが求められています。

初動の最大化から「ライフで売る」へ

――売れ方が変われば、売り方も変えなければなりません。売り方においてはどのような課題に直面していますか。

齋藤 従来のゲームの売り方は、発売日までに広告で期待感を最大限に盛り上げ、予約期からローンチまでのマーケティングビート、いわゆる初動で目標の大半を一気に売り切るのがセオリーでした。

ゲームの形態や購入方法がフィジカルなパッケージタイトルから、Steamなどオンラインストアで購入できるダウンロードソフトに変わってきています。SNSと購買行動が接近するだけでなく、新作の盛り上がりがきっかけとなって同じシリーズの過去タイトルも簡単に買えるようになりました。

ゲーム市場の地殻変動、セガが仕掛ける二歩先の「マーケティング変革」と「組織変革」とはセガ
上席執行役員 ジャパンアジアパブリッシング事業本部 本部長
齋藤 剛

小林 ストリーマーなどのインフルエンサーは新作ゲームだけでなく、そのシリーズや系譜の過去タイトルを「召喚」して実際にプレイしてみせます。新作から過去にさかのぼってシリーズ全体を楽しむ流れがかたちづくられ、新作発売のモメンタムが高まると、その都度旧作が呼び出されるループが起きています。

齋藤 その通りです。新作をプロモーションして売り切るだけでなく、過去タイトルも含めてファンとして長期スパンでリピート購入していただくLTV(ライフタイムバリュー)重視のマーケティングに、評価や組織体制ごとかじを切る必要があります。

しかしこれは口で言うほど簡単なことではありません。従来のマーケティング組織は発売日という「瞬発力」で評価される「短距離走」の勝負をしていました。一方、LTV重視は「マラソン」です。短距離走に特化してきたマーケティング体制やKPIだけでなく組織文化も変えていかなければなりません。

沼田 齋藤さんがおっしゃる「ライフで売る」ことへの転換は、他の業界でも多くの企業が直面する組織課題です。

これまでの成功体験、「発売日に瞬間風速をいかに高めるか」という短距離走的なKPIは、組織の評価体制や個人のスキルセットに深く根付いています。特にLTVというこれまでと異なる時間軸を導入して変革を定着させるには、現場はもちろん、全社的に意識改革や風土改革を図らなければなりません。

「トライブ」の考え方を踏まえた「コミュニティドリブン・マーケティング」

――「LTV重視への転換」という課題に対し、実際にはどう取り組んでいるのでしょうか。

齋藤 変革の鍵を握るのは新作・過去作問わず、ゲーマーやユーザーがいかにエンゲージメントしてくれて自発的に発話したくなるか、その環境を私たちがどこまで整えられるか、ということです。これまでの広告マーケティングのやり方とはだいぶ異なるため、マーケティング施策の改善だけでは足りないかもしれません。組織体制のあり方、また、今急速に強化している中国市場も含めてグローバルに活躍できる人材要件、さらには評価体制まで見直す必要があります。

セガは歴史が長い分、従来の売り方に自信を持つマーケターも数多くいます。その意識を少しずつ今の環境に変革していくことも含め、より広範な変革の土台づくりが必要です。場合によってはわれわれ以外の力も借りて課題を構造化し、社内を動かすための戦略やロジック、KPIを再設計する必要もありそうです。

ゲーム市場の地殻変動、セガが仕掛ける二歩先の「マーケティング変革」と「組織変革」とはドリームインキュベータ
執行役員
電通
トランスフォーメーション・プロデュース局 総合変革プロデュース1部
ビジネス・ディベロップメント・ディレクター
沼田和敏

――「新しい戦略」とは具体的にどのようなものになりそうですか。

齋藤 やはり、「トライブマーケティング」という考え方を前提にしたいと思っています。

トライブマーケティングとは、ストリーマーも含めたインフルエンサーと、そのインフルエンサーを支持するファンの方々を一つの「トライブ(共通の趣味や関心を持つ人同士の集まり)」という単位でとらえる考え方で、この数年で特にコンテンツマーケティングの世界で提唱されてきています。

われわれのゴールは、できるかぎり多様なKOCに有益な情報を提供したり、その人のインフルエンスの拡張を支援するWin-Winの関係を構築したりして、それぞれのトライブに帰属意識を持つファンに情報を行き渡らせた上で、異なるトライブが交流することで新たにゲームの魅力に触れる潜在層を増やしていくことです。この考え方を「コミュニティドリブン・マーケティング」と位置づけて、実際の組織体制に実装したいと考えています。

――異なるトライブが交流するとはどういうことでしょうか。

齋藤 先ほどもお伝えした「ソニックレーシング クロスワールド」で「Crazy Raccoon」とコラボ楽曲を制作したのは一つの代表例です。「ソニック」や「レースゲーム」のトライブとプロゲーマーの「eスポーツ」や「音楽」といったトライブが掛け合わさり、交流しながら新たなファンが生まれる試みです。

小林 異なるトライブの交流は、セガのゲームの個性にも親和性の高い考え方ですね。

例えば「龍が如く」シリーズがそうです。深い奥行きを持ったストーリー、多様な舞台装置が混成した世界観、タレントが演じる厚みのあるキャラクター。セガのIP(Intellectual Property:知的財産)の多くがさまざまなこだわりを詰め込んだ要素で構成されています。魅力の切り口がいくつもあることは、「ストーリーに引かれるトライブ」「音楽に引かれるトライブ」「特定のキャラクターに引かれるトライブ」など、多数のトライブが存在するということだと思います。

齋藤 趣味嗜好の方向性が異なるトライブ同士でも、「龍が如く」のようにインフルエンサーとコラボしたグッズから新しいファンが生まれるといった仕掛けでトライブの交流が生まれ、顧客層が広がることがあります。トライブの掛け合わせによってファンが自らUGC(User Generated Content:ユーザーが生成するコンテンツ)を発信したくなる環境を、さまざまな角度から用意し、楽しみ方の選択肢を増やしていく。

小林 キャラクターに共鳴する、ストーリーに没頭する、世界観からのめり込むのは王道だとして、映画からゲームの世界に入る人、キャラクターやグッズを街でよく見るから気になる人、先ほどの東京ゲームショウの光景のように、推しのストリーマーから入る人、ゲームの世界での回遊自体が好きな人……。セガのゲームは総合芸術的に深く濃いので、異なる楽しみ方がいっぱいありますよね。楽しみ方がマルチバース(多元宇宙)化しています。

齋藤 このような異質なトライブからゲームに出合うきっかけ、楽しみ方・語り方の入り口を複数用意して、帰属意識を持ち合うコミュニティ同士が影響を与え合っていただくようにする。トライブやコミュニティが交流する仕掛けこそ、ファンベースの世界でパブリッシャーが仕掛ける「コミュニティドリブン・マーケティング」であり、結果としてファンのLTV化にもつながると思っています。

ゲーム市場の地殻変動、セガが仕掛ける二歩先の「マーケティング変革」と「組織変革」とは電通
第1ビジネス・トランスフォーメーション局 変革パートナー5部
シニア・プランニング・ディレクター
小林昌平

――最後に、セガのマーケティング変革の今後についてお聞かせください。

齋藤 われわれが目指しているのは、パブリッシャー主体からファンベースやコミュニティドリブンへの環境変化に適応することだけではありません。変化に乗るだけでなく、そのうねりを利用してファンの楽しみ方を複数化する機会をつくり、結果としてIPの力が最大化されるような、「二歩先」を行く変革を実装したいと思っています 。

小林 ゲーム市場は、パブリッシャーが発信したい情報を発信しユーザーが受け取るだけのかつての関係から、ストリーマーやインフルエンサーが自分たちの好きなように遊び、解釈し、UGCを作って盛り上がり、実況し、またそれを推すトライブによって広がり、交流する、自己実現の舞台となっているのかもしれません。

齋藤 ですので、ゲーマーやストリーマー、インフルエンサーの皆さんとWin-Winの関係を仕掛けるさまざまなコミュニティドリブンの手法を、組織が連携して推進する運用体制をつくり出せたらと思います。さらに言えば、ゲームに関してここは改善してほしいとか、こうしたらもっと魅力が高まるというコアファンからの要望の声には、開発者が直接前に出て、リクエストに応えたりフィードバックしたりするといった流れも強くしていきたい。ファンが発話しがいのある環境をつくり、開発者とも直接対話していただくことでエンゲージメントを高めていけたらと思います。

沼田 セガさんは一貫して独自の世界観を持ち、常にエッジの利いた取り組みをされる企業だと思います。その唯一無二のよさを残しながら、世界で戦っていける会社への変革をご支援できればと思っています。

電通・ドリームインキュベータには他の企業さまからも、齋藤さんにお話しいただいたことと近い「マーケティングの変革と組織の変革をセットで」といったご相談を数多くいただいております。

小林 それは業界・業種を俯瞰した視点や、他企業での変革支援の経験を持つ外部パートナーの力が必要な場面も多いからかもしれません。生活者も企業内部も変革しなければならないという複雑化したニーズに、生活者や従業員の心を動かす右脳型のアプローチに強い電通と、組織変革のロジックやKPI設計など左脳型のアプローチに強いドリームインキュベータがワンチームとなって伴走することで「変革していく手応えが得られた」と評価をいただいております。

齋藤 ファンベースが現実となったこの時代に、あの手この手でゲーマーに楽しんでいただき、新しいファンを巻き込む発話を促していく。セガが掲げる “Empower the Gamers(感動体験を創造し続ける)”は時代に先駆けた予言でもあると思っています。今こそこのビジョンを体現するチャンスかもしれません。

小林 ファンベースのマーケティング変革と組織への実装、ですね。電通にとっても既知の課題だけでなく、未知の課題にチームの強みの掛け算と勇気で挑み、変革と成長のパートナーとしてご支援できたらと思います。

沼田 従来の広告会社やコンサルティングファームという枠を超えて、顧客企業が新しい市場環境に適応するだけでなく、その「二歩先」を行く変革を推進していけるよう日本の企業を応援してまいりましょう。

●問い合わせ先
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