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ツイッターの“自警団”がつなげた勇気と希望
大震災でわかったソーシャルメディアの新たな可能性

友清 哲
2011年3月18日
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3月11日の昼過ぎに東北・関東地方を襲った東日本大震災は、日本における観測史上最大の激震をもたらし、震災としては戦後最多の死者・行方不明者を出す大惨事となった。連絡が途絶え、安否が心配される東北地方の被災者たち。そして、福島原発の影響に怯える関東周辺の住民たち――。まさに日本中がパニックに陥っている。しかし人間が培ってきた叡知は、この災害下でも確実に活かされている。その象徴的な例が、ツイッターをはじめとするソーシャルメディアだ。とりわけツイッターは、震災に関わる安否確認や情報共有などについて、想像以上の力を発揮した。未曾有の大災害で明らかになったソーシャルメディアの新たな可能性とは、どんなものか?(取材・文/友清 哲、協力/プレスラボ)

突如発生した日本観測史上最大の激震
都市機能がマヒするなか、ネットインフラは?

 「被災」と呼ぶには生ぬるい体験であることを、後で思い知ることになる。筆者が“そのとき”を迎えたのは、池袋にある某音楽スタジオ内であった。

 突如、蠕動するように動き始めたアンプ類。それでも、地震には慣れっこな関東育ちゆえ、ほどなく収まるだろうと気を緩めた途端、未曾有の激震に晒された。

 箱型の室内は、まるで遊園地のアトラクションのような揺れを見せ、その場に居合わせた1人は「死を覚悟した」と述懐する。

 スタジオが入居していた古い雑居ビルから外へ出てみると、壁面が少し崩れ、タイルが散乱していた。すぐに電車が止まることを予感。そのまま徒歩圏内の友人宅に滞留した筆者は、水にも食料にも困ることなく、帰宅難民の中では格段に恵まれていたと言える。

 その後、テレビやネットで情報を集めるうちに、東北での壊滅的な被害を知る。これは、関東の震災ではなかったのだ。その時点ではまだ、死者100~200名との報道だったが、阪神淡路大震災の経験者は、「あのときも最初はこうだった。でも絶対、犠牲者は数千人単位に膨れ上がるはずですよ」と、青くなっていたのが印象深い。事実、それから数日も経たないうちに、その不安は現実のもとのとなった。

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