法的規制の問題だけでなく、他国に比べて「モノをシェアする」ことへの抵抗意識が強いように感じる日本人。日本でUberのようなシェアリングエコノミーを浸透させていくには何が必要になるのでしょうか? そしてUberJapanが「生産性」の向上のために社内で取り組んでいることとは? 
人気ブロガーちきりんさんとUber Japan執行役員社長・高橋正巳さんとの特別対談、最終回です。(構成:平松梨沙 撮影:梅沢香織)

今この瞬間、5000万台のクルマがムダになっている

ちきりん 今回はUberの、企業としての生産性の話を聞きたいのですけど、一番の課題はやはり「走ってない、使われてない車を減らす」ということなんでしょうか?

高橋正巳(以下、高橋) それは1つ目のステップですね。ステップ2は、カラの「席」を減らすということです。

ちきりん あー、4人が乗れる車には、4人座ってもらっている状態を目指すと。

高橋 はい。空席を余らせているドライバーと同じ方面に行きたいライダーをマッチングするのが「ライドシェア」ですが、席の空きを埋めるために、さらに複数のライダーを乗り合わせるのが「カープール」です。Uberですと「uberPOOL」というサービスが該当します。

ちきりん カープール! 海外では通行料のかかる大きな橋を渡るときに、同じ乗用車でも4人乗ってると通行料を割引き、ドライバー1人で乗ってる車の通行料は高くする、みたいなのもありますよね。で、橋のふもとに駐車場があって、みんなそこで落ち合って、誰か1人の車に乗りかえて通勤する。もともとの目的は渋滞緩和だったと思いますけど。
 あと、昔はタクシーも乗り合いで客を乗せてたのじゃないのかな。私、30年くらい前に韓国に行ったとき、自分の乗ってるタクシーが当然のように別の客を拾って相乗りさせたのに驚いたんですけど、もしかしたら日本も昔はそうだったんじゃないかなと思いました。途上国だと今でもそういう国、ありそうでは?

高橋 ありますよね(笑)。

ちきりん そもそもタクシーの数が少ないから、みんなで分け合って使うのがあたりまえというか。1人で車を独占するなんて無駄だよね、料金も割り勘にできてみんなハッピーなんだからシェアしようよって感じになるんでしょうね。
 日本だって昔は電話も「呼び出し」とか言って、近所の電話を借りて使ってたわけだし、テレビのある家に近所の人が集まって野球を見てたりとか普通に行なわれてました。それが豊かになるにつれ、何でもかんでも「一家に一台」さらには「一人一台」が普通になっていって……

高橋 自動車はいま日本に6000万台あると言われていますが、1日のうち96%が止まっているんです。つまり……今この瞬間に、日本では5000万台の車が動いていない、ってことになるんですよ。

ちきりん うわー、なんともったいない! 

高橋 シェア文化が広まれば、生産性の低い所有物を手放す人も増えますし、いま都市で駐車のために使われているスペースも減るんですよ。これも1つの生産性の向上ですよね。

ちきりん 自動車会社はアタマを抱えそうですけど(笑)、それはすごいインパクトになりそう。

「もったいない」の国で、<br />なぜシェアが怖がられるのか?高橋正巳 (たかはし・まさみ)
Uber Japan執行役員社長 米シカゴ大学を卒業後、2003年ソニーに入社。本社、パリ勤務、INSEAD(インシアード)でのMBA取得を経てサンフランシスコでM&A案件を担当しているときにUberに出会う。2014年同社に入社し、日本法人の執行役員社長に就任。

「シェア」の普及を妨げるもの

ちきりん 車に限らず、日本ではシェアっていう慣習自体があまり浸透していないんですよね。私はアメリカの大学院に通っていたんですが、長期休暇の前になると「相乗り」を募る張り紙が掲示板にたくさん貼られていました。この春休みにロスまで車で行くのでガソリン代をシェアしてくれる仲間募集、みたいな感じで。それも、車を持っている側と、持ってない側と、両方が行き先や条件を書いて掲示板に貼りだして……

高橋 ああ、ありますよね。

ちきりん でしょ。アメリカだと、ネットもない時代から車の席をシェアするという概念があったわけです。でもそんなの日本の大学では見たことがなかった。車を持っている友達がスキーに行くのに乗せてくれるというのはあるんだけど、見知らぬ人に空いてる席をシェアするというのは、アメリカの大学で初めて見て、これはいいアイデアだと思ったんです。昔は日本でも隣同士でお醤油を借りたりお惣菜を分けたりしてたと思うんですけど、なぜか現代の日本人には「あまってるものを見知らぬ人にシェアする」という感覚がまったくなくなってる。

高橋 たしかに、長屋文化は正にシェア文化だったはずです。

ちきりん あと、アメリカの学生って基本的に1人暮らしなんてしませんよね? 寮だったりフラタニティハウスだったりシェアハウスだったりで仲間と一緒に住んでる人が多くて。学生で、自分専用の台所やお風呂を持ってるなんて、少数派じゃないですか? でも日本の学生はお金がないないと言いながら、多くの学生が1人で部屋を借りて、電子レンジも炊飯器も洗濯機も自分専用に買っている。モノもお金も、もったいないですよね。

高橋 うーん。ルームシェアやシェアハウスをしている学生さんもいるので、二極化が生まれているのかもしれませんね。

ちきりん たしかに最近はシェアハウスに住む人も増えてはいますね。でもこんな家賃の高い街で学生をしながら、部屋も家電もシェアしないってなんでなのかな?

高橋 なぜでしょうね? 消費に対するモノの考え方が違うのかな、とは感じます。「モノづくり」を大切にする文化だからこそ、「モノを買う」ということにこだわりがあるんじゃないでしょうか。日本に帰ってきて、個人的に感じたことです。

ちきりん あと、潔癖症なのかも? アメリカだと、働きはじめてもアパートに住んでるレベルじゃ洗濯機なんて自分で買わないですよね。自分専用の洗濯機を買うのは子どもができて、一戸建てを建てるときであって、単身者ならアパートに備え付けの洗濯機や街のコインランドリーを使う。

高橋 コインランドリーは、日本国内でも利用率が伸びているらしいです。

ちきりん じゃあ日本人もあんなものを「1人1台」持つことのムダさには気づき始めているのかな。

高橋 そういえば、銭湯には行きますよね。

ちきりん たしかに! 温泉という意味でのお風呂のシェアはみんな大好きですね(笑)。あと思いつくのは……「知らない人といっしょにいるのは気まずい」と感じる人が多いのかな。海外ってATMに並んでるだけでも前の人と後ろの人が話し始める。基本、知らない人と話をするのが好きな人が多い気がする。

高橋 あー、なるほど。

ちきりん この間、新宿に向かっている電車が事故で運転を見合わせてしまったんです。それで、駅の外の長い行列のできているタクシー乗り場で自分の番が来たときに、後ろに並んでる人に「新宿まで乗り合いする人いませんか?」と声をかけたんです。4人は乗れるのに、「はいっ!」って手を挙げたのは若い女の子1人。残りの人はだんまりなんです。
でもね、電車は止まってる。タクシーは10分に1台も来ない、多くは新宿方面に向かう客のはずだったのに、なんで他に誰も手を挙げないのか、ほんとーに不思議で、全く理解できなかった。まあ、私がボッタクリでもする悪い人み見えたのかもしれませんけど(笑)。

高橋 いやいや(笑)。システムが整うことで、シェアの手間や抵抗を軽減できるというのはあるでしょうね。お互い合意したうえでシステムがマッチングしてくれるなら、気まずさもなくなります。uberPOOLのシステムだと、料金も最初に出てきますし。

ちきりん そうか、Uberがあれば、誰かがリーダーシップを取らなくてもいいんだ。それは日本人向きかもしれません(笑)。

高橋 はい。実際に私も、Uberのサービスを普及させるのに、日本人の「シェアへの抵抗感」が大きな壁になっているとは感じていないんです。何よりも、まだ全然Uberという会社やサービスが知られていないことが課題だと思っていて。そこをクリアできれば、皆さんにも自然と車のシェアも受け入れてもらえるはずです。

「もったいない」の国で、<br />なぜシェアが怖がられるのか?

「完璧主義」が生産性を殺す

ちきりん オリンピック開催年の2020年に向けて、UberJapanとしてもっともチャレンジングだと感じていることはありますか?

高橋 そうですね、日本では前例のないことを広めるのが難しいという現状はあります。海外だと、まずサービスを始めて、ユーザーやドライバーから「いいね!」という声が出てきて、世論が動いてあらためてルールができるという流れなんですけれど……。

ちきりん 日本って、まず完璧を求めますものね。完璧でないものをリリースするのは無責任で危険である。万が一なにか起こったらどーするんだ論(笑)。

高橋 「万が一」についての議論は多いですね。もちろん、交通にかかわることだから慎重になるべきというのは理解できます。しかし、一般の自動車やタクシーよりも、Uberのほうが全てのデータを取っている分、安全なのではないかとも思っています。たとえば事故が起こったときに、どのドライバーがどこでリクエストを受けて、どこでお客さんをピックアップして、いつどこを何時何分に通って……ということが全部たどれるのはUberの利点です。それと、ドライバーへの低評価が続いたら「なにかおかしいんじゃないか?」とアラートを出して、大きな事故を防ぐこともできるはずです。

ちきりん 白タクとUberの安全性の違いがわからないなんて、どういうことなのかな? てか、おそらく「わかってるけど認可したくないから白タクと同一視してるだけなんでしょうね。
 私、パソコンなどインターネット関連の情報機器が主力商品になったときに日本のメーカーが一気に競争力を失ったのは、完璧であることを気にし過ぎて生産性を犠牲にしたからだと思ってるんですよ。完全じゃなくても市場に出してみて、消費者の声を聞いて改善していく。新しいことに挑戦するのに、完璧なんてないじゃないですか。

高橋 その通りだと思います。我々が社内でよく言っているのが「Done is better than perfect.(完璧を目指すよりまず実行すべし)」です。

ちきりん それも御社でよく使われているスローガンなんですね?

高橋 はい。まずは80点を目指してやってみて、データをとって改良していくほうが生産性が高いんです。

ちきりん 高橋さんは、日本人のビジネスパーソンとしての働き方の生産性についてはどうお考えですか?

高橋 うーん、ON・OFFのメリハリをもっとつけたらいいんじゃないかとは思います。ぼくがフランスへ赴任したときに人事から最初に言われたのが、「夏休みは、最低3週間連続でとりなさい」ということでした。最初冗談かと思ったのですが(笑)、本当にまじめに言われまして。

ちきりん 欧州は1ヵ月の休暇をとるビジネスパーソンがザラにいますよね。

高橋 理由を聞いたら、「1週目で体を休める。2週目で仕事のことを忘れる。3週目から本当に休暇をエンジョイできるから、できれば1ヵ月くらい休暇をとりなさい!」と言われましたね。ふだんも、日本ほど残業はしませんし、ランチタイムも長い。ランチのあとにコーヒーの時間もあります。

ちきりん あるある。スペイン人なんていつ働いてるかわからないレベルに休んでる(笑)。

高橋 それでも、ちゃんとしたアウトプットが出てくるんですよね。

ちきりん 働く時間が短いのに、なぜ成果を出せるんでしょう?

高橋 おそらく、個に対するエクスペクテーション(期待)が明確だからだと思います。日本では、チーム意識が強くて、当初の自分の仕事が終わっても他の人の仕事を手伝ったりするじゃないですか。生産性が低い人、仕事が遅い人に合わせて全体が引っ張られる。

ちきりん そうなると「自分の仕事が早くても意味ない」と思ってしまって、生産性を上げようというインセンティブが削がれてしまう。

シェアへの意識が劇的に変わる瞬間がやってくる?

ちきりん でも高橋さんご自身は、今かなりお忙しいですよね? 仕事のやり方で心がけていることはありますか?

高橋 そうですね。「ペーパーレス」はかなり徹底していて、ドキュメントは全てクラウドにアップしてシェアしています。誰かが休んでも、仕事を辞めてしまっても、それによって停滞しない環境づくりが大事です。

ちきりん 仕事を属人的にしないってことですね。会社全体としても、「生産性」は強く意識されてますか?

高橋 こうして対談の話をいただいてからあらためて実感したんですけど、いたるところで意識していますね。会社では常に「Do more with less(なるべく少ない労力でなるべく多い成果を)」と言っています。

ちきりん 「生産性」そのものの言葉ですね(笑)。

高橋 いかに自動化(オートメイト)して、プロセスを作って、拡大していく(スケーラブルにする)か。社員全員が考えています。

ちきりん そうですね。細かい不自由はどんどんテクノロジーで解決していくべき。

高橋 日本は連続性を好む文化なので、テクノロジーがあっても、急にやり方を変えることができないのかなと感じます。ただ、変化を受け入れてからのスピードは速い国だと思うんですよ。何かのきっかけがあるとガラッと変わる。

ちきりん シェア文化やUberの普及についても、人々の意識がガラッと変わるタイミングが早く来ればいいですね。私もそれに期待したいです。今日はどうもありがとうございました!

(終)
※この対談は全3回の連載です。 【第1回】 【第2回】 【第3回】