Fortune Business Insightsによれば、半導体の市場規模は2025年の7552億8000万ドルから32年は2兆0625億9000万ドルへと成長し、その間の年平均成長率は15.4%に上る。そうした中、世界的半導体メーカーのトップは、どのような戦略でイニシアチブを取ろうと考えているのか。日本テキサス・インスツルメンツ社長のルーク・リー氏に話を聞いた。同氏は現在、日本に加え、韓国・台湾・南アジア地域を統括している。

次世代パワー半導体の大本命「GaN」とは

AI、電気自動車、IoTデバイス、5Gおよびネットワークなどデジタル技術の進展に伴い、世界の半導体市場は成長を続けている。

半導体素材にはSi(シリコン)、Ge(ゲルマニウム)、SiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)などがある。

それぞれに特性があるが、中でも大きなバンドギャップ(※)により、高い耐電圧性と耐熱性を実現しやすい次世代パワー半導体の素材として注目されているのがGaNである。
※バンドギャップの大きさが電気の通しやすさを決める。バンドギャップの大きい素材は、高温や高電圧でも電子が漏れにくく、パワーデバイスに有利

GaNはSiに比べ高性能だが、比較的高価なのが課題だ。そこで現在、世界中の半導体メーカーが低価格化・汎用化に向けて、GaNの製造プロセスの最適化とウエハーの大型化、供給力アップを目指し量産化技術の開発を進めている。

この取り組みの最前線に立つのが、米国テキサス州ダラスに本社を置くテキサス・インスツルメンツ(TI)であり、同社はGaNベースのパワー半導体分野のリーダーの一社だ。 

同社の日本拠点である日本テキサス・インスツルメンツ(日本TI)社長ルーク・リー(Luke Lee)氏は話す。

「GaNはより効率的で持続可能な電力ソリューションを実現できる技術として、今後も世界的に需要が拡大していくと見込まれています。TIの競争優位性は、低電圧から高電圧まで幅広くカバーする、業界で最も包括的な統合型GaNのラインアップを提供している点にあります」

さらにTIのGaN製品は、10年以上にわたる開発と8000万時間に及ぶ信頼性試験を経て、顧客に渡る。

「これは品質・性能、そしてお客さまが安心して選べるエンジニアリング面での卓越性を長期的に追究してきた成果です。最もエネルギー効率が高く、信頼性があり、パワー密度の高いソリューションを実現したいというお客さまに対して、TIは最適な選択肢を提供しています」

国内生産体制の強化:GaN技術のグローバル製造能力を4倍に

TIは2024年10月、日本TIの福島・会津工場にて、米国・ダラスに続いて2拠点目となるGaNベースのパワー半導体の製造を開始。

同社最大サイズの200mmの高電圧GaNウエハー(従来は150mm)の量産が可能になり、TIはグローバルでGaNの製造能力を4倍に拡大した。

「会津工場はTIの中でGaNパワー半導体の最先端の製造技術を支える重要な存在。今回、世界有数の製造能力を備えたことにより、TIはお客さまの需要に合わせてスケールできる長期的かつ安定した供給体制を確立しました」

300mmウエハーにおけるGaN製造の試験運用にも成功しており、これはスケーラビリティとコスト効率を大幅に高める画期的な成果だ。この成功により、将来的には、より高い供給安定性と製造柔軟性を備えたグローバル体制の下で、高ボリューム生産を実現できる可能性がある。

「会津工場で採用している製造プロセスは300mm技術へ完全に転用可能です。このことは、より高い電力密度、優れたエネルギー効率、そして小型化を実現するだけでなく、今後の需要増に対し、柔軟に対応していける体制を意味します」

次世代300mm GaN半導体の実現に向けて会津工場から次世代半導体のトップメーカーを目指す――イニシアチブを握るカギは内製化と人材力ルーク・リー
TI バイス プレジデント 兼 日本TI合同会社社長 兼 TI 韓国・台湾・南アジア地域担当社長
2003年に米テキサス・インスツルメンツ(TI)入社、13年TI台湾地域のゼネラルマネージャーに就任。その後、台湾・韓国・南アジアを含むアジア全体の事業を統括するなど、より広範なリーダーシップを発揮してきた。24年には日本テキサス・インスツルメンツの代表取締役社長に就任し、TIの最重要市場の一つである日本における成長とイノベーション戦略を率いている。

なぜ内製化を進めるのか。TIの戦略とは

TIは今回の大規模な設備投資をはじめとして、今後内製化を推し進める方針だ。

現在、一部の半導体メーカーが製造の一部をアウトソーシングする方向に進んでおり、TIの戦略はその逆を行く。長期的な供給の安定性と主導権を確保するために自社の製造能力を強化している。

今後、米国内の七つの半導体工場に600億ドル超の投資を予定しており、そのうち、テキサス州およびユタ州の三つのメガサイトでは、6万人以上の雇用創出が見込まれている。

「TIは、30年までにウエハー製造および組み立て、テスト工程の95%以上を内製化する計画を進めています。これにより供給の主導権を確立し、現在と将来の需要に柔軟に対応できるようになります」

TIの製造力と技術力、そしてグローバルな生産ネットワークこそが、TIと顧客の双方にとっての競争優位をもたらすのだ。

「TIは、差別化された製品を支える独自技術の開発を続けると同時に、品質・コスト・柔軟性・供給の安定性においても業界トップクラスの水準を維持していきます」とリー氏は話す。

さらに今回、複数地域にまたがるGaNの生産体制を構築したことで、地政学的リスクにも強い供給基盤が整い、日本企業が世界中のどの市場で事業を展開しても、TIが柔軟に対応できる体制を築いているという。

日本の製造業に60年近く貢献。注力する3分野とは

1968年の設立以来60年近い歴史を持ち、国内に複数の製造拠点を擁する日本TIは、TIのグローバル事業において製造とイノベーションの両面で戦略的な中核拠点となっている。

約1250人の社員が在籍し、営業、アプリケーション、オペレーションの各部門が密接に連携。

こうした体制により、柔軟性・供給安定性・地域密着型の対応力を実現しており、これらはTIのグローバル戦略を支える重要な要素となっている。

リー氏は、日本の製造業に対する貢献についてこう語る。

「当社のお客さまは幅広い業界にわたりますが、日本においては特に自動車、GaNパワー半導体、そして組み込みシステムのソリューションに注力しています」

さらに25年5月には、TIは米エヌビディアと協業し、データセンターサーバー向けの800V高電圧直流(HVDC)電力分配システムにおける電源管理およびセンシング技術の開発を進めていることを発表している。

この新しい電源アーキテクチャーによって、スケーラブルで信頼性の高い次世代AIデータセンターの実現が可能になるという。

社員の潜在能力を引き出す職場のあり方

そんなTIがデジタル社会において、次世代半導体のトップメーカーとしてイニシアチブを取るために最も重視しているのは、人材だ。

同社では、全ての社員が尊重され、評価され、ビジネスの一員として大切にされていると実感できる働きがいのある職場を目指し、さまざまな施策を実行しているという。

「TIは単なる半導体メーカーではなく、価値観に基づいて行動し、成長する『人の会社』であると考えています。そのため、毎年実施している従業員意識調査の結果を踏まえ、組織としての重点課題を特定し、改善を続けています」

多様な視点を尊重し、働きやすい企業文化を育むことで、内側からイノベーションを促進。

「私たちは、尊重・オープンネス・アイデアの共有を重んじる包括的な職場環境を築くことで、一人一人の潜在能力を最大限に引き出しているのです。TIは今後も、社員の才能を信じ、共に成長していくことで、企業としての成功だけでなく、全ての社員の成功も実現していくことを目指しています」

次世代300mm GaN半導体の実現に向けて会津工場から次世代半導体のトップメーカーを目指す――イニシアチブを握るカギは内製化と人材力

全世界の社員が社会貢献に取り組む

TIはサステナビリティへの取り組みにも力を入れている。

24年にはTIの社員および退職者が世界各地で合計約30万5000時間のボランティア活動を行い、その経済的価値はおよそ1020万ドルに相当したという。

「日本でも、社員が地域社会に貢献するさまざまな活動を展開しています。例えば、若年層へのSTEM教育の推進、工場周辺や会津地域での環境美化活動、品川オフィス周辺での清掃ボランティアなどです。これらの活動は、TIが掲げる『住み働く地域社会を強くする』という理念を体現するものであり、企業市民としての責任と誇りを示す取り組みです」とリー氏は話す。

GaNの開発はTI以外にも、米国、ドイツ、中国、台湾などの企業がしのぎを削っている。

そうした中で、自社で培った独自のコア技術と、人材、社会に投資を惜しまないTIが、今後どのように業界をリードしていくのかが注目される。