つねに世間を賑わせている「週刊文春」。その現役編集長が初めて本を著し、早くも増刷が決まるなど話題となっている。『「週刊文春」編集長の仕事術』(新谷学/ダイヤモンド社)だ。本連載では、本書の読みどころをお届けする。
(編集:竹村俊介、写真:加瀬健太郎)

みんなが右と言っているときに左を向けるか

 我々週刊文春がどのようにスクープを含めた「企画」を生み出しているのか、その発想の原点について述べたい。

新谷学(しんたに・まなぶ)
1964年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。89年に文藝春秋に入社し、「Number」「マルコポーロ」編集部、「週刊文春」記者・デスク、月刊「文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長などを経て、2012年より「週刊文春」編集長。

 この仕事は正直に言って、真面目な人、オーソドックスな感性の人はあまり向いていない。誰もが考えつくようなことを言っても「それはそうだよね」で終わってしまう。お金を払ってもらえるようなコンテンツはなかなか作れない。

 みんなが「右だ右だ」と言っているときに「ちょっと待てよ、左はどう?」と言ってみたり、全く思いもよらないものを提案する。あるいはみんなと同じ方向だとしても、さらに突き抜けるパワーを持ったアイデアを出す。そうしたセンスが求められている。

 例えば、ショーンKさんの記事も、みんなが右を向いているときに左を見ることで生まれた。彼がフジテレビの「ユアタイム」のキャスターに抜てきされると聞いたとき、多くの人は「遂にここまできたのか。すごい出世だな」と思ったことだろう。「超イケメンで、ハーバードMBAで、ニュースの顔。天は何物まで与えるんだろう」と。

 報道番組のアンカーマンは、社会的地位がものすごく高い。アメリカでは大統領よりも影響力があったといわれるウォルター・クロンカイトやエドワード・R・マローがいた。世論を形成していく上で大きな影響力をもつ立場だ。私も「ショーンKさんはそこまでのぼりつめたんだ」と注目していた。しかし、ふと思ったのだ。

「ちょっと、できすぎじゃない?」

 彼は非常に謎が多くミステリアス。公表していたプロフィールだけでは、なかなか裏を取りにくい。どうも人間っぽい肌触りがない。とても人工的に作り上げられたイメージなのだ。その一歩先、彼の「生身の人間性」が伝わってこない。だからこそ知りたい。それが始まりだった。早速、取材班を組んでショーンさんの経歴を調べ始めた。

 取材を始めたのはフジテレビ「ユアタイム」の記者発表があった頃だ。それから約3週間くらい取材を続け、あの記事につながった。

「ちょっと待てよ」という違和感がスクープを生み出すきっかけになることがある。取材をスタートした段階では、まさか「ホラッチョ」なんてあだ名だったとは夢にも思わなかった。

「こんなことがありました」は企画ではない

 週刊文春の記者は、毎週5本の企画を提出することが義務づけられている。もちろん生ネタ、独自情報が望ましいが、既に報じられていることでも企画になることはある。

 ただ、新聞やネットに書いてあることをそのまま、右から左に「こんなことが書いてありました」では企画にはならない。そうではなくて「こんなことが書いてあったが、こういう切り口で料理すれば、おもしろくなるのではないか」というのが企画だ。「◯◯が今流行ってます」ではなく「流行っている現象を誰かに批評してもらう」もしくは「その流行の背景にはこんな事情がある」など、独自の切り口で提案すれば企画になる。

 例えば「のん(能年玲奈)さんが声優を務めた『この世界の片隅に』が流行ってます」だけでは記事にならない。編集者は「どうすれば企画になるのか」を考えるのが仕事だ。能年さんの特集にするのか、監督に光を当てるのか、いろいろやり方はある。

 私がまず思ったのは、能年さんが語る「呉弁」の魅力だ。広島弁の中でも、呉弁というのは独特だ。「言うちょる」「おどりゃー」のように、広島の中でもローカルで荒っぽい言葉。そして呉弁といえば、映画「仁義なき戦い」だ。日本映画史に残る傑作も舞台は呉。「『仁義なき戦い』以来、呉弁が熱い!」というのはどうだろう、といった話を会議でした。

 このようにひとつの事象でも、いろいろなアプローチがあるわけだ。「うちの読者がいちばんおもしろがってくれるのはどんなアプローチだろう?」と、デスクと一緒に議論しながら考える。「『君の名は。』『逃げ恥』が高齢童貞・処女を救う」という企画も、あるデスクの発案がきっかけで実現した。賛否両論あったが、なかなか興味深い問題提起になったと思う。