まさに、欺瞞に満ちている。東京電力・福島第一原発事故の損害賠償スキームのことだ。賠償の支払い主体である東電の存続・上場を維持しながら、賠償金を支払い続けられるように、必要に応じた融資や資本注入を担う「原発賠償機構」を官民出資で設立する。結果、死に体の東電は“ゾンビ”のごとく存続する。賠償負担の原則は顧みられず、ただ、霞が関と銀行の都合が優先された結果にすぎない。
誰一人現実味を感じていなかった
「原子力損害賠償法」の適用
東京電力・福島第一原発事故の損害賠償スキームが揺れている。
5月13日、政府が発表したスキームは次のとおりだ。賠償の支払い主体である東電の存続・上場を維持する前提で、賠償金を支払い続けられるように、必要に応じた融資や資本注入を担う「原発賠償機構」を官民出資で設立する。しかし、直後から枝野幸男官房長官がこのスキームと矛盾する「金融機関の債権放棄の必要性」に言及して、メインバンクである三井住友銀行はじめ大手銀行が反発するなど、今も迷走を続けている。
発表されたスキームがまかり通れば、死に体の東電は“ゾンビ”のごとく存続し、株主や銀行、東電の社債を持つ投資家のすべてが保護されることになる。賠償負担の原則が顧みられることなく、ただ、国民や電力ユーザーの負担、さらには将来の環境エネルギー育成に関連した成長可能性を犠牲にしつつ、霞が関と銀行の都合が優先された結果にほかならない。
あるストラテジストとテレビ番組の収録でご一緒したとき、彼は自省をこめつつ、私にこんなことを言われた。
「私は『原子力損害賠償法』の存在を知りませんでした。それだけでなく、日銀の方や普段私が情報交換をするエコノミストに聞いても、知っている人はほとんどいません」――。
「原子力損害賠償法」とは、原発事故が起こった場合の、事業会社と国の責任範囲とその条件を定めた法律だ。アメリカの原子力損害賠償制度「プライス・アンダーソン法」を参考に、1961年6月に制定された。
事業会社が強制的に加入させられる保険額(原子力損害賠償責任保険契約)の上限は、原子炉1基あたりわずか1200億円。昨年たまたま見直されたためにこの金額に変更されたが、それまでは600億円に過ぎなかった。
プライス・アンダーソン法の上限が102億ドル(約8300億円)である。それを考えると、日本の原発事故に関する補償は少なすぎると言わざるをえない。しかも天災は、原則的に免責される。
このストラテジストが告白したように、原子力損害賠償法を知る人は少なかった。法律の存在そのものは認識していた原子力の専門家のなかでも、現実に適用することになると想定していた人はほとんどいなかったのだ。