菅義偉が「原発処理水の海洋放出」を決断できた理由、国のリーダーに必要な資質とは日々増え続ける原発の処理水。海洋放出の決断は待ったなしの状況だった。(写真は福島第一原発) Photo:JIJI

福島第一原発の処理水処分は、喫緊の課題にもかかわらず長らく先送りされてきた。地元の反対もあったが、首相として私は海洋放出を強く決断した。当時の対応を振り返ってみよう。(肩書は当時)(第99代内閣総理大臣/衆議院議員 菅 義偉)

原発処理水の海洋放出を決断
風評被害懸念に万全の対応

 先送りせずに課題に向き合うこと。誰もがやりたがらない難しい決断こそ、正面から取り組まねばならないこと。そして必要な決断を下すこと。これが一国のリーダーとして必要な資質であると常々考えてきた。その意味で、2021年4月に決断した福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出は、私にとって印象深い政策の一つとなった。

 経済産業省の小委員会が処理水の処分方法について議論を始めたのは、東日本大震災から5年後の16年だった。それまでの技術的検討においては、処理水の海洋放出が最もコストが低く、期間も短いと評価されていた。その後も引き続き、小委員会が福島県への聞き取りや公聴会開催を通じて、漁業関連団体など地元の懸念に耳を傾けてきた。その上で、小委員会は、処理水の海洋放出が、管理した形で最も安全に実施できるといった点を評価し、海洋放出を是とする報告書をまとめた。

 20年2月には計7回の意見聴取会を開催したが、やはり漁業関係者からの反対は強かった。関係団体との緊密かつ丁寧な調整が必要な局面だったが、この時期、新型コロナウイルスの感染拡大もあって密なコミュニケーションが取りづらくなり、海洋放出は明言されないままになっていたのである。

 だが、決断の時は迫っていた。原発敷地内には1000基もの貯水タンクが設置されており、約125万立方メートルという途方もない水量の処理水がたまっていた。その上、処理水は日々100トン以上増えており、22年夏ごろまでには満杯になることが判明していた。

 しかも、東京電力ホールディングスによれば、海洋放出をするには装置の設置が必要であり、改めて原子力規制委員会の許可を得なければならない。東電はその手続きに約2年を要すると見込んでいた。すぐにでも決断しなければ貯水タンクがあふれてしまう、まさに「待ったなし」の危機的状況にひんしていたのである。

 そこで首相に選出されてからすぐの20年9月26日、私は東日本大震災の被災地を訪れ、福島第一原発を視察した。ここでは廃炉作業や処理水の現状について説明を受け、「あとは政治の決断次第」と強く確信した。

 そして首相就任後、初の外遊先となったインドネシアでの会見で、処理水の処分方針を以下の通り明らかにした。

「いつまでも方針を決めないで先送りすることはできない。できるだけ早く、政府として責任を持って処分方針を決めたい」