温泉×本の組み合わせに
若者が価値を感じる

 なぜそうなったのか?その理由を白石氏は、宿泊に対する価値観の違いが原因ではないかと分析している。

 中高年が旅館全般に求めるのは名湯や、山海の珍味、客室の眺めと快適さなどだ。そんな価値観からみれば、「暁」は、いわゆるベッド&ブレックファスト・スタイルにしては割高な宿と映るかもしれない。しかし、選りすぐりの本に囲まれて1日を過ごすという付加価値は、他の宿泊施設には求めるべくもないものだ。

 さらに、風呂と朝食のために外に出なければならないという、一見マイナスの要素も、温泉街と宿を一体化して味わうことをプラスにとらえる感性を刺激できれば、プラスの価値観にも転じうる。そこに魅力を感じてわざわざ泊まりに来る若者たちがいるということに、この業態の可能性を感じる。

 白石氏は「暁」の構想段階で九州北部一帯の温泉地を訪ねまわった。そして古湯温泉を選んだことには理由がある。温泉街の人たちが、一緒にこの街を盛り上げていこうと温かく迎えてくれたことが何より大きいが、寂れかけた温泉街に新たな見どころを作り、「温泉×本」の相乗効果で町おこしにつなげたいという思いもあったからだ。

日差しが注ぐ縁側。開業前には、50〜60代 の利用客が多いのではないかと踏んでいたが、ふたを開けてみれば、20〜30代が中心だという

 筆者も本好きの端くれだが、ブックホステルという新たな業態がなぜここまで受けているのかが正直、腑に落ちない部分もあった。旅先で読みたい本が決まっているなら、その本を既存の宿に持ち込めばよいだけではという思いがあったのだ。

 その疑問を白石氏にぶつけると、帰ってきたのは意外な答えだった。

「それは、本をひたすら読み耽るための場所をイメージされているからだと思います。わたしたちが提供しているのは、本好きがすばらしい本と出会える場所、本に囲まれて幸福な時間を過ごせる場所です。ですから、1冊の本に深く向き合うというよりは、むしろ魅力的な本がいろいろとありすぎて目移りするうちに時を忘れてしまう、そんなお客さんの声のほうが大きいですね。『暁』は湯治の伝統のある温泉街という立地を生かし、『温泉×本』で宿泊体験を高めていますが、そのようにロケーションの特色を十二分に生かすことが不可欠だと思います。本のセレクションを極めるだけではいけないのです」(白石氏)

 ちなみにWeb検索してみると、この業態は海外では見当たらず、どうやら日本オリジナルの発想であるらしく、その点もまた興味深い。

 先にも触れたが、ブックカフェとしての利用シーンも含めれば、本の宣伝の場としての価値も見いだせよう。ネット書店の利便性に押されてリアル書店がショームーム化している現状に照らせば、単に本を探すだけでなく、本を巡って語らえるこのような場は、出版社主催の著者サイン会や宿泊型セミナーの会場としても活用可能だろう。

 ただし、消費者の興味は移ろいやすいものだ。ブックホステルでの宿泊体験が今放っている希少価値が、未来永劫輝き続ける保証はない。リピーターをつなぎとめ、新たな宿泊客を掘り起こすには何が必要なのか、今後もこの業態をウォッチしていきたい。

(待兼音二郎/5時から作家塾(R))