藤原和博氏の最新刊『10年後、君に仕事はあるのか?』が売れている。人工知能の進化やスマホで世界中の人間が繋がった、仕事が消滅していく時代を生き抜くための術を高校生に語りかける内容の書籍だ。学生だけでなく、教師や保護者からも大きな反響を呼んでいる。発売から約3ヵ月が経過した今、藤原氏にお話を伺った。(聞き手:書籍編集部)

スマートフォンと「自分の意見を発信する力」が次の時代の扉を開く藤原和博 (ふじはら・かずひろ)
教育改革実践家。奈良市立一条高等学校校長。元リクルート社フェロー。1955年東京生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。1996年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校の校長を務める。2008年~2011年、橋下大阪府知事の特別顧問。2014年から佐賀県武雄市特別顧問。2016年、奈良市立一条高等学校校長に就任。

―― 一条高校に着任されてから約1年が経過しました。最近実感されている学校や生徒の変化はありますか。

藤原 奈良県下で一条高校がもうすでに倍率が一番高い学校になっています。応募、入学の倍率ですね。それは一条高校が、奈良で一番通いたい高校になっているということです。その意味で、学校全体が活性化している、もしくは追い風が吹いているということがまずあると思います。

 一条高校OGの河瀬直美監督の短編作品「パラレルワールド」では、一条高校がロケ地となりました。こういったことも、追い風に繋がっていくと思います。

 それから、「よのなか科」という、アクティブ・ラーニングの見本となる授業をずっと土曜日に課外授業でやっているのですが、この1月から生徒自身が先生になって「よのなか科」の授業をやるという、新しい取り組みを始めました。

 ある特定のテーマについて下調べをして、それをパワーポイントで5分間、授業に参加した50~60人の生徒と大人にまず、基本的な知識を入れる。そのあとディベートやブレストで協働的な学習をやったあとに、「C-Learning」というソフトを使って、スマホで自分の意見を発信し全体で共有するということをやっています。イメージとしては、「TED」の授業版みたいなものと考えてもらえばいいと思います。

――非常に革新的な取り組みですね。

藤原 それで、例えば、「高校生にとってリア充とは何なのか?」というテーマに対して、恋人がいればリア充なのか?いや、違うんじゃないか、みたいなことを投げかけてきた生徒がいたり。あるいは、「スマホを高校生に与えるときに、自分がもし親で一つだけ約束するとしたら、どんな約束をしますか?」という議論を起こした子がいたり。最近では、非常に深いテーマで、「病院で死ぬか、自宅で死ぬか」というものもありました。

 今の世の中だと、倒れたら自動的に救急車で運ばれて、そのまま集中治療室で、下手をすると管を3つも4つも繋げられて、望んでもいない先端医療をされたりもするわけです。そういうことが、「人間の尊厳として、あるいはクオリティ・オブ・ライフとしてどうなのか?」を問いかけるということもありました。医薬品や医療業界の方々が来たら、高校生がどういう議論をするか、楽しんでもらえたのではないかと思います。

 それから、森友問題。「教育勅語を教材として取り上げることはどうなのか?」を、やりたいと。教育、宗教、政治がどれほど近いもので、どれほどその分離がとれるものかを議論したいという生徒が、7月に授業をやるんです。もうそういう段階になっているということですね、一条高校では。

―― 「よのなか科」への参加を通して、生徒の「正解のない問題」への関心が高まったのかもしれませんね。

藤原 昨年の4月から12月まで約20回にわたって僕が授業を行ってきたわけですが、1月からの4回、生徒が先生になって「よのなか科」をやらせてみたらものすごく盛り上がったので、それが一条高校の新しいパターンになってきています。そこで情報編集力(正解のない問題に「納得解」を導きだす力)を発揮してくる子が増えてきたと実感しています。

―― たった1年でも、目に見える成果が出てきているわけですね。

藤原 そうですね。でも、これは本当にたくさんの先生たちも目撃していますし、ある新聞社の論説委員の方が、「よのなか科」全ての回に出席しているのですが、その方も目の当たりにされています。

 初回の「ハンバーガー店の店長になってみよう」の頃には、それほど実感はなかったのですが、秋頃の、「自殺というものの是非、安楽死の是非」あたりから、生徒たちの発言に深みが増してきました。スマホからの発信が最初、1行だったのが2行、3行と増えてきて、最近だと2分間ぐらいしか時間を与えてないのに6行、だいたい200字ぐらい書いてくる子が何人もいるようになってきました。自分の意見を発信する力が圧倒的に上がっていることには、彼ら自身も驚いています。

―― スマホでの意見の表明が上手くなってきたなかで、口頭でどんどん意見を交わす場面での変化もありましたか?

藤原 もちろんです。スマホで自分の今の結論を「賛成か、反対か」「なぜならば」と打たせるわけですが、その前後にブレストとディベートをやっているので、その部分での成長も見られます。

 今年4月の授業では最後に200字で意見文を書くところまで落とし込んで、最初に自分の結論、それから「なぜならば」、あるいは「理由は2つあります、理由は3つあります」というやり方で書かせるようにしました。これを続けることで小論文を書く力も上がっていくと思います。

―― それは受験にも繋がっていきますね。

藤原 そう思います。

―― 「よのなか科」で身に付けた力は、その後の大学生活では、どういった形で発揮されると予想できるでしょうか?

藤原 海外の大学に行くと、プレゼンの力がないと自分の存在自体を認めてもらえないですから、「よのなか科」で身に付けた力が非常に生きると思います。一方で、もし大学で「アクティブ・ラーニング」型ではない、知識を注入するタイプの授業しか受けないようだと、せっかく身に付けた力が萎んでしまうと思います。

―― 元に戻ってしまう?

藤原 元に戻ってしまうと思います。大学ランキングで上がってきている大学というのは、生徒たちに探求させて思考力を高めた上でディスカッションさせて、プレゼンさせることを行っています。だから、国際教養大学は注目されていますし、ICU(国際基督教大学)のような大学も相変わらず人気が高い。

 そういうアクティブ・ラーニング的に主体的に学んで自分で発信していった学生が、自分の夢やビジョンをはっきり打ち出したら、その実現のために必要な人材や資源をスマホから集めるのに困らない時代でしょう。

 スマホで自分のビジョンを実現していくときに、仲間を募ったり、足りない技術や要素をSNSで集める。お金が足りなければクラウドファンディングで募ることもできます。この点は圧倒的に今のほうが有利になっていると思います。昔は駅やスーパーの伝言板ぐらいしかありませんでした。それが今では、世界中から最適なソースを集められるようになっています。一方で、そのことがまだ全然生かされていないとも思うんですよね。

――そうですね。

藤原 その力を磨くと、自分の夢とかビジョンが圧倒的に実現しやすくなっている世の中だと思います。今はちょうど過渡期です。10年以内に世界の50億人の脳をつなげるスマホという道具を使いこなさないで、次の時代は開かれないでしょうね。

――「よのなか科」で身に付く、自分の考えを発信する力がSNSの時代では強力な武器になる?

藤原 はい、そうです。