すでに、ドイツと韓国は、中国との社会保障協定を締結している。保険料負担が、日本の製造業のコスト競争力を削ぐことにもなりかねない
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 7月1日、中国で、新たな「社会保険法」が施行される。本法案は昨年10月末の全国人民代表大会常務委員会で可決された。そこには、日本人を含めた外国人就業者に対する社会保険法の適用が明文化されていたが、適用除外の猶予措置が講じられるとの見方が有力だった。だが、最近になって、猶予措置の未実施が決定的となり、中国に進出している約3万社の日系企業に、衝撃が走っている。

 問題は大きく分けて二つある。まず、保険料の「二重払い」である。日本では労使折半で厚生年金保険料を支払っており、さらに、中国駐在員について中国でも保険料を支払うことになると、両国で保険料を二重に負担することになってしまう。厚生労働省が、駐在員数の多い北京市の平均賃金を基に試算したところ、中国へ支払う1人当たりの保険料負担額(企業負担と駐在員負担の合計額)は年間約83万円となる見通しだ。中国には日系企業の駐在員が約7万人いることから、総額約580億円もの二重払いが発生する計算だ。

 次に、保険料の「掛け捨て」問題である。中国では保険加入期間が15年を超えないと年金が支給されない。そもそも、中国側の年金記録が整備されているとは考えにくく、適正な年金が支給されるのかどうかは怪しい。

「中国における格差問題解決の一助となる社会保障分野の整備がなされること自体は歓迎すべきこと。だが、施行が迫った今もなお、制度の詳細が明らかになっていない」(経団連幹部)と困惑気味だ。中国の省市自治区ごとに制度の運用方針が異なるともいわれており、制度開始時の混乱は避けられそうにない。

 問題解決の“出口”は、社会保障協定の早期締結しかない。協定が結ばれると、駐在期間が短い場合には、駐在国の社会保険料を負担しなくてもすむなど、負担軽減が考慮される。「その経緯は不明」(厚労省国際年金課)だが、すでに、ドイツ、韓国は中国と協定を締結している。ある製造業幹部は、「ドイツにはフォルクスワーゲン、韓国には現代自動車があるように、両国は自動車産業を中核にした製造業大国。保険料負担は、日本の製造業のコスト競争力を削ぐことにもなりかねない」と危機感をあらわにする。

 中国との協議、署名、日本の国会承認など一連の手続きを考慮すると、「協定締結までには3年かかる」(厚労省)。その日程を少しでも早めようと、厚労省は、中国側の窓口である人力資源・社会保障部に、7月上旬の協議開始を申し入れている。もっとも、10ヵ国以上が、中国へ同様の要請をしていると見られ、「中国国内の対応に、協定締結に向けた対外業務が加わり、中国側の関係部署のマンパワーが足りない」(電機メーカー幹部)ことを懸念する声が上がっている。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 浅島亮子)

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