小川太郎さん(63歳・仮名)に大腸ガンが見つかったのは、昨年5月のことだ。医師の告知に、ショックは隠せなかった。
「肝臓への転移も見られ、ステージIVといわれる状況です。今すぐに手術するのは難しい……」
頭が真っ白になり、医師の声が一瞬遠のいた。オレは死ぬのか。
しかし、小川さんには治療の選択肢が残されていた。
「まずはクスリによる治療を始めて、ガンの縮小が見られたら手術に踏み切りましょう」
異なる抗ガン剤を同時に3種類投与する方法に加え、「分子標的薬」と呼ばれる最新のクスリを組み合わせる方策が採られた。
48時間の点滴の後、1週間おいて1時間ほどの点滴を受ける。この1サイクル2週間の治療を繰り返す。入院は初回のみで、あとは通院で受けられた。手足のしびれや、顔の発疹などの副作用もあったが、なんとか仕事を続けられることが、心の支えにもなった。
この治療を始めて3ヵ月、小川さん自身には“奇跡”とも思える効果を実感する。ガンが縮小し、手術が可能になったのである。
無事、手術を終えた小川さんは、術後の経過も順調で、今も仕事を続けている。「告知されたときはガックリきて、普通の生活に戻れるとは思ってもみなかった」──。
大腸ガンで肝臓への転移も見られる場合、かつての治療法なら余命は半年といわれていた。それが最近は、手術前に抗ガン剤を投与し、ガンを小さくすることで、病巣を取ることができる。完治も夢ではなくなった。
「投薬前に、CT・超音波などでガン病巣をマークしておかなければ、手術のときに病巣が見つけられないほど縮小する場合もある。現場にいるわれわれも驚くほどの効果だ」(水沼信之・癌研究会有明病院消化器化療担当部長)という。
誕生から70年
進化する化学療法
ガン治療は「外科手術」、抗ガン剤やホルモン剤(ホルモンの分泌をコントロールし、ガンを治療するクスリ)を投与する「化学療法」、放射線を照射する「放射線療法」の三つに分類される(右図)。このうち血液ガンなど一部を除けば、最も基本的な治療は、手術でガン病巣を取り除くことだ。
ところが近年、化学療法や放射線療法の進歩で、手術偏重だったガン治療の世界は大きく変わってきた。特に進歩が著しいのが、化学療法の世界だ。効果を上げつつ、治療の対象領域を広げている。