直感や感覚を説明するために、まず「実利」や「厚み」という囲碁の概念を紹介したいと思う。囲碁の対局の進行中に下図のような形が現れたとしよう。

白の石に囲まれた□が白の陣地になる。□は10個あるので白地は10目だ。白の外側にある黒の石の壁は現時点で陣地を確保できていないが、うまく活用すれば将来、白より大きな陣地を作れる可能性がある
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 この図の■印は、白の陣地として確定された状態である。■印は10個あるので、「10目の白地ができた。白の実利は大きい」などと表現される。対して黒の外壁は、現時点では陣地を確保できていない。

 しかし、この黒壁を右辺、下辺や中央でこれから起こる戦いに活用することで、隅の白地より大きな黒地を作れる可能性がある。これを「厚み」と呼ぶ。この黒の壁が今後活用できそうならば、「これは良い厚みだね」と評価されるし、逆にうまく活用できなければ「厚みが働かない展開になってしまった」というように評される。

 つまり、厚みとは投資であり、正しく評価し、運用するためには将来への洞察力が必要となる。この厚みがどれくらい効果的なのかを判断するのが、囲碁の醍醐味なのである。

 大人への囲碁の入門講座では「実利は現金」で、「厚みは将来への投資」と説明すると、納得されることが多い。古くは徳川家康も愛好し、近年では経営者の方々に愛好家が多いのも、このあたりのリスクマネジメントに通じるところがあるからだろうか。

 われわれ棋士は、常にこの実利と厚みのバランスに注意を払って対局している。そして、この厚みの将来性を、人間は多くの経験から来る直感で判断しているのだ。棋士にとって真に悩ましいのは次の一手を読むことよりも、上図のような局面を、黒と白のどちらが有利なのかを判断することなのである。

 2016年の登場したアルファ碁は、多くの経験を積むことで、人間のような直感・感覚を手に入れ精度を向上させ、トップ棋士に勝利した。この時のアルファ碁の打つ手は、人間にとって納得できる手が多かった。

 ところが、2017年春、進化したアルファ碁同士の自己対戦が50局公開され、囲碁界は騒然となっている。アルファ碁は、最初は人間の棋譜で学習するが、その後は自己対戦を数千万局積み重ねて、その経験を感覚的に学習する。定石を丸暗記してしまうと応用が効かないが、情報を少しずつ伝えるニューラルネットワークはこれができるのだ。