アルツハイマー病は発症の25年前から静かに進行する

日本における認知症の人の数は2012年で約462万、25年には65歳以上の5人に1人にあたる約700万人となることが予測されています。国籍、性別、職業に関係なく誰でも発症の可能性がある国民病でありながら、「○○をすれば治る」「○○を食べれば予防できる」など誤解を招きかねない情報であふれています。そこで知っておきたい認知症の「基礎知識」を日本認知症学会・名誉理事の森啓先生に聞きました。

認知症とは病名ではなく症状の総称

 記憶力、判断力、言語力、計画遂行能力など、さまざまな脳の認知機能が低下し、それまで獲得してきた知識や技術などが失われて日常生活に支障をきたす――。認知症とは病名ではなくこれら症状の総称で、多くは中核症状と行動・心理症状(BPSD : Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)に大別されます。

 中核症状とは、脳細胞が破壊されることで起きる記憶障害、見当識障害、実行機能障害、失語、失認などです。夕飯に何を食べたか思い出せないのが加齢による「もの忘れ」だとすれば、夕食を食べたこと自体を忘れてしまうのが中核症状による記憶障害です。認知症の人が「今日は何月何日か」「目の前にいる人は誰か」がわからなくなるのも、自分が置かれている状況を認識する「見当識」能力が障害されるためです。

 BPSDは、不安、抑うつ、妄想、幻覚、徘徊(はいかい)、暴言、異食などで、中核症状をベースに、その人の性格、経験、生活環境、体調などにより異なります。「もの取られ妄想」をはじめ、認知症といってイメージすることの多いBPSDは、脳の病変により起こるケースもありますが、むしろ周囲の環境によって強く現れると考えた方がよさそうです。なお、中核症状とBPSDはともに、認知症の原因疾患や進行度合いにより異なります。

治る認知症、治らない認知症

 認知症の原因疾患は、アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭葉型認知症の「四大認知症」、脳炎やブリオン病といった感染症などです。アルツハイマー病と血管性認知症など、複数の疾患が合併重複する複合型認知症も数多くみられます。正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症など適切な診断と治療により症状が回復する認知症もありますが、その多くが進行を食い止めることはできません。

 日本で認知症の約6割を占めるアルツハイマー病の特徴は、「老人班」と呼ばれる異常たんぱく質、アミロイドβ(以下、Aβ)の塊と、「神経原線維変化」と呼ばれるリン酸化したタウたんぱく質(以下、タウ)の沈着、記憶に関わる海馬を中心した脳全体の萎縮です。

 時系列でみると、およそ発症の25年前にAβが溜まり始め、15年前からタウが増えて海馬も小さくなり始め、10年前に記憶力の衰えがみられるようになります。Aβやタウが蓄積しはじめていても症状のない段階の「プレクリニカル」期を経て、脳病変が進行して物忘れが目立ち始める軽度認知障害(MCI)に進み、その後発症します。

アルツハイマー病は発症の25年前から静かに進行する

 MCIと診断された時点でかなり脳の病変は進んでいますが、3年以内にアルツハイマー病に進行する割合は約40%です。現在、日本にMCIの人が400万人いると推計されています。