定年になると、生活パターンが変わる。会社という、それまでの主たる居場所がなくなるので、家にいる時間が増えるケースも多い。しかし、かつて会社にいたときと同じような振る舞いを家でするのは、かなりまずい。家の中の時間と空間は、すでに妻や家族が支配しているからだ。では、どうすればいいのだろうか。(ビジネス書作家 楠木 新)

家族が手を焼く

 数多く取材していると、家族が手を焼いている定年退職者は少なくない。定年前後の落差から生じる問題は単に本人だけにとどまらず家族にも影響を及ぼす。

 ある小売業の会社で定年まで勤めた浦川さん(仮名)は、退職後何もせずに家で過ごすことになった。

 40年間、毎日満員電車に揺られて通勤してきたのでとにかく一度ゆっくりしたいと思ったそうだ。ただ彼はずっと家でぶらぶらするのは性格に合っていないことは自覚していた。経済的な必要からも失業保険の受給が終了する1ヵ月前から再就職に向けた活動を始めた。

 しかしハローワークに通い、求人に対して履歴書を何通出しても面接までたどり着けない。退職した直後はそれほどでもなかったが、再就職が決まらない状況になって妻とぎくしゃくした関係になったという。

 浦川さんは、会社員当時は土日も含めて昼間はほとんど家にはいない生活だった。一方で妻は自分の趣味を持ち、カルチャースクールなどで友人との人間関係もきちんと築いていた。

 妻が出かける時には、「どこに行くんだ?」と訊き、友人からの電話を切った後は「電話が長い」という。また彼は家にいる時には食事は当然のように出てくるものだと待っている。

 妻が友人との食事会で夜遅く帰ってきたときに、「こんなに遅くまで、どこをほっつき歩いているのだ」という浦川さんの言葉を聞いて、妻がキレた。その夜は大喧嘩になったそうだ。遅いといっても彼が勤めていた時には家に帰っていなかった時間だったという。

 その後、妻にふさぎ込むような様子が見られたので、娘たちが心配して家族会議が開かれた。娘二人が、とにかくどんな仕事でもいいから探してほしいと父親に懇願した。家庭の雰囲気が重く沈んでいるので、彼女たちも仕事から帰ってきても疲れが取れなかったらしい。また母親の状態も心配だったそうだ。

 しばらくして、会社員当時の同僚の紹介でマンション管理人の仕事が見つかった。週4日の勤務で、通勤にも1時間半かかるが、浦川さんは元気に働きだした。そして家にも平和が戻ってきたという。