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「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

「くるまながされてる!しんじゃうよ たすけて」
愛する娘の“最期のメール”が語った避難体制の死角

――「原発の町」で娘の行方を捜し続けた父親のケース

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第3回】 2011年9月6日
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 「生きているか、死んでいるかはどうでもいいこと。お父さんがお前を探している、待っている。これがすべて」

 福島第1原発から6キロの地点で津波に襲われ、亡くなった娘を、防護服を着ることもなく、死ぬ覚悟で探し続けた父親がいる。娘の遺体は、震災が発生した3月11日から約1ヵ月半近くにわたり、現地に放置されていた。

 震災直後に発生した原発事故により、この地域は立ち入り禁止区域になっていたため、警察や自衛隊、消防などが捜索ができなかったからである。

 それでも父親は、決死の覚悟で現地に潜入した。見つかった遺体は、すでに人の体であるのかどうかわからなかったという。それでも、父親は「俺の娘」と言い当てた。今回は、その「生き証人」に取材を試みた。


代わりに俺が死んでもいい
あの子を生き返らせて欲しい

最愛の娘、葉子さんの形見のギターを抱く白川司さん。横須賀中央駅前の商店街で、喫茶店を経営している(筆者撮影)。

 「娘を返してくれよ。5分でいいから、生き返らせて欲しい。代わりに俺が死んでいい。残りの寿命を出す。あの子を生き返らせて欲しい」

 白川司さん(51)は、私の前で泣き始めた。腕には、3月11日の震災で亡くなった娘の遺品のエレキギターを抱える。神奈川県の横須賀中央駅前の商店街にある、喫茶「かぐ楽」(かぐら)を今年1月にオープンしたばかりだ。

 娘の葉子さん(25)は、福島県の東京電力第1原子力発電所から北に約6キロの浪江町請戸(うけど)地区で、津波に襲われた。それ以降、行方不明となるが、4月17日に遺体となって見つかった。

 遺体は、浪江町の請戸橋から西へ約400メートルのがれきに埋もれていた。直径40センチほどの丸太にしがみついていたという。

 24日に葉子さんの夫が安置所に行き、遺体の首にあったネックレスと、唇の上にあるほくろを手がかりに、「妻の可能性が高い」と名乗り出た。その後警察から、父親である白川さんが口の中の粘膜を採集された。DNA鑑定を経て、6月上旬に葉子さんであることが判明。19日に、郡山市で葬式が行なわれた。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

震災から5ヵ月以上が経った今、私たちはそろそろ震災がもたらした「生と死の現実」について、真正面から向き合ってみてもよいのではなかろうか。被災者、遺族、検死医、消防団員、教師、看護士――。ジャーナリストとして震災の「生き証人」たちを詳しく取材し続けた筆者が、様々な立場から語られた「真実」を基に、再び訪れるともわからない災害への教訓を綴る。

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