「人のカネを当てにするから駄目なんだ。総論賛成だから、自らコミットしろ」

 そこからはスピード勝負だった。交渉のため、関係先の5カ国を1週間で訪問することを3度も繰り返した。工事に関わる業者の選定も急ピッチで進め、11年1月に工事が始まった。

 敷設船を使って1時間に設置できる海底ケーブルの長さは4、5キロメートル程度。さらに、沿岸部ではケーブルを海底の地下5~10メートルに埋める作業が加わるため、敷設船の速度は約10分の1に落ちる。

 総延長約7800キロメートルのASEの工事がゆっくりと進む中、東日本大震災やタイの洪水で部品供給が滞る時期もあり、「地獄を見たことだけは覚えている」(佐藤)。

 工事の最後に待っているのが、信頼性の検査だ。出来たてのケーブルに7日間ぶっ通しでデータを送り続け、ノイズがないかをチェックする。ひとたびエラーが出れば、ケーブルの接続部分などをチェックし、7日間の検査を丸ごとやり直す。業界では1度でクリアできることは珍しく、検査が複数回にわたることも多い中、わずか1回のエラーで無事合格した。

 こうして、東京~シンガポールというASEの主要部の工事は、12年8月に完了した。

東京~シンガポールを
0.064秒でつなぐ

 約20カ月という世界でも類を見ない「スピード工事」で実現した東京~シンガポール間のデータ通信にかかる時間は0.064秒台。これまでと比べ、短縮できたのはたったの1000分の3秒だが、「シンガポールから日本を経由し、米国まで最速でつながる。データの遅延を問題視する顧客に好評だ」と佐藤は胸を張る。

 ただ、ケーブル工事が完了しても佐藤に一息つく暇はない。直近の決算に間に合わせるべく、固定資産の計上という膨大な書類作業に追われる日々が待っているのだ。

 そんな佐藤が「本当にほっとした」と忘れられない出来事がある。16年10月、フィリピンを大型台風が襲った。暴風雨による土砂崩れなどが原因で、競合の海底ケーブルが次々と故障する中、従来とは異なるルートで敷かれていたASEはいつも通りデータを送り続けていたのだ。

 データ通信量は今、アジアで爆発的に増え続けている。「これからも日本はアジアのハブとして存在していかなければならない」と語る佐藤は、そのニーズに応えるべく、世界地図を見詰めながら新たな通信の大動脈の構想を練る。(敬称略)

(「週刊ダイヤモンド」編集部 大矢博之)

写真提供:NTTコミュニケーションズ

【開発メモ】「海底ケーブル」
 海底ケーブルは海の底に接するように沈める必要がある。水中に浮かすと、ケーブルの自重で切れてしまうためだ。水深8000メートルを超す日本海溝などの深海でも、少しでも浅いエリアを狙ってケーブルを海底にはわせる。こうして世界の海に張り巡らされたNTTグループが運営する海底ケーブルの総延長は約28万キロメートルに及ぶ。