『幸福の「資本」論』
橘玲著
ダイヤモンド社 定価1500円(税別)

20代で5500万円の人的資本

 一般的なサラリーマンは、どれほどの人的資本を持っているのでしょうか。

 細かな計算式を省いて結論だけいうと、生涯年収3億円(年収は入社時250万円、65歳定年で退職時1300万円、退職金3000万円)の標準的なモデルで、リスクプレミアム(会社が倒産したり、病気になって収入を得られなくなるリスク)を加えた割引率を8%とした場合、社会人になったばかりの若者の人的資本は約5500万円になります。

 ほとんどの若者はこれほどの金融資産を持っていないでしょうから、ここから次のシンプルな原則が導き出せます。

 もっとも重要な「富の源泉」は人的資本である。

 割引率が低くなるほど、理論上の人的資本の価値は大きくなります(これは金利=割引率が下がるほど債券の価格が上がるのと同じですが、その仕組みの説明は拙著『臆病者のための株入門』〈文春新書〉などを参照してください)。

 市中金利が下がればその分、人的資本の割引率も下がるはずです。割引率が4.5%なら入社時の若者の人的資本は1億円、0%になれば収入総額と同じ3億円です。ゼロ金利の世の中では人的資本の価値が跳ね上がります。

 金融資本と比較した人的資本のもうひとつの特徴は、投資の損失がないことです。奴隷制が禁止された社会では、働けば多かれ少なかれ必ず報酬が支払われます──日本にはサービス残業という「現代の奴隷制」が残っていますが、それは脇に置いておきます。多くのお金持ちが地道に富を積み上げていったことを見ても、人的資本こそが成功への鍵であることは明らかです。

 ゆたかな先進国に生を受けたという幸運によって、私たちはみな生まれながらにして大きな人的資本を持っています。それをいかに活用するか、あるいは活用できなかったかで「経済格差」が広がっていくのです。