自己実現という「聖杯」

 経済学者のゲーリー・ベッカーが提唱した人的資本理論では、投資家が金融資本を金融市場に投資して利益を得るのと同じように、労働者は自らの人的資本を労働市場に投資して収入を得ていると考えます。ベッカーの慧眼は、金融取引と労働という、これまで無関係と思われていたものに同じ経済構造があることを見抜いたことでした。

 金融取引のルールはきわめてシンプルで、たった2行で表わせます。

(1) 利益は大きければ大きいほどいい。
(2) 同じ利益ならリスクの小さい方がいい。

 これに対応するように、人的資本の投資についても次のようなルールがあります。

(1) 収入は多ければ多いほどいい。
(2) 同じ収入なら安定していた方がいい。

 しかし人的資本には、金融取引にはないきわだった特徴があります。それが次のルールです。

(3) 同じ収入なら(あるいは収入が少なくても)自己実現できる仕事がいい。

 仮に人的資本が最初の2つのルールだけなら、(同じリスクなら)利益率の高いビジネスを選べばいいという単純な話になるでしょう。私は以前、まさにこの理由で風俗業を始めたひとに会ったことがあります。彼はこう言いました。

「いいですか、風俗のビジネスに引き寄せられてくる男なんて、みんな頭のなかは若い女と一発やりたいってだけなんですよ。マネジメントの基本も、バランスシートやキャッシュフローも、脱税と合法的な節税のちがいも知らない。そんな人間が気合だけで商売しているのに、利益率は無茶苦茶高い。まともな人間がまともな経営をやったらもっと儲かると思いませんか?」

 彼はきわめて合理的な人物でしたから、人的資本を最大化しようとすればこのような結論になるのは当然です。その後、つき合いはなくなったので彼のビジネスがどうなったのかはわかりませんが。──最近は風俗業も経営のレベルが上がり、外部からの参入者がそうかんたんに儲けられなくなった、という話も聞きます。

 金融市場の基本原理は「裁定(アービトラージ)」で、(同じリスクで)利益率の高い投資機会には注文が殺到するため、価格が上昇してたちまち優位性は失われてしまいます。これと同じ原理が労働市場にもはたらいているとすれば、ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得した卒業生は真っ先に風俗業を始めるはずです。

 なぜ彼らは、目の前に転がっている「儲かる機会」を無視して、きわめて競争の激しいウォール街を目指すのでしょうか。その理由はわざわざ説明する必要もないでしょう。職業に貴賎はないとしても、風俗業は世間的には「汚れ仕事」とみなされているため、その分野で成功しても自己実現できないのです。

(作家・橘玲)