この講演の中でバーナンキ元議長は、日本の「構造問題」に気づいたと語った。

 日本では、労働力の減少や生産性の伸びの低さが、「長期停滞(セキュラースタグネイション)」を招いていること、そして高齢化が、耐久財や住宅などの需要を抑え、企業が国内で設備投資を行ってもリターンが低くなっていることを指摘した。

 そうした環境において、金利は「短期だけでなく全期間において実質的な下限に近づいている」ため、緩和策の「“道具”としては限界に達しつつある」とし、「私は、中央銀行がデフレを克服できると決意して緩和策を行うことに確信を持ち過ぎていた」と率直に認めた。

 日本のリフレ派エコノミストの“教祖様”の1人だったバーナンキ元議長のこうした“変心”を目の当たりにして、日銀の黒田総裁や岩田規久男副総裁らの胸中に、苦々しい複雑な思いがよぎったことは想像に難くない。

 しかし、バーナンキ元議長が変心してしまったのも、無理のない話だった。

 日銀が、市中の現金や、銀行による準備預金など、「マネタリーベースを2年で2倍(260兆円)に拡大すれば、インフレ率は2%へ上昇する」という、いわゆる「2%物価目標」を宣言し、大規模な国債購入を中心とする異次元緩和と呼ばれる「量的質的緩和策(QQE)」を始めたのは、2013年春だった。

誤算続きだった
日銀の金融緩和策

 しかしその後は、“誤算”続きだったからだ。

 どれだけ金融緩和策を講じても、一向に「2%物価目標」は達成できず、今年7月にはついに6回目となる目標達成時期の先送りを決めた。日銀は、2019年度にはと説明しているが、大半の市場参加者は「来年は7回目の先送りが行われるだろう」との冷めた見方がもっぱらだ。

 図1は、4半期ごとに日銀政策委員会が発表している「コアCPI(生鮮食品を除いた消費者物価指数)」の前年比予想である。

 2015年度、16年度、17年度のいずれも、当初は2%前後になると予想されていた。だが、その年になると現実に収斂させざるを得なくなり、それらは大幅に下方修正されてきた。